1945/Kampf Riesen Mars

※毎月25日更新

CHAPTER 1 スペイン

ロシア ツングースカ 1908

青く輝く月光は狩られるものに死の匂いをもたらし、星々の煌きは夜行性の生き物に狩の時間が訪れたことを知らせる。
もし、その地で空を見上げるものがあれば、轟音とともに巨大な青い光を帯びた火の玉が夜空を一直線に横切る姿を見ることが出来たろう。しかし、その姿を見たものは夜行性の動物だけであった。人など住まぬ極寒の大地。人々がその現象に気づいたのは全てが終わってからのことだった。 その大空をよぎる火の玉は近くで見れば細長く平たい三角形のような形をしていた。隕石でも、もちろん動物でもなく、それが地上にあれば誰もが間違いなく人工物だと答える物体であった。その人工物の中では緊迫感に満ちた会話がなされていた。

「炉は安定しているか?」
黄金色の甲冑に全身を包み、操縦桿を握った男は大声で叫び声を上げた。
「だめだ、いつまで持つか分からん、ここまで持ったことがむしろ奇跡。あとは神に祈るしかない!」
声をかけられた男もやはり黄金甲冑を着込み叫び返した。
「ここまできて、何も出来なかったら我々アトランティス15,000年の悲願はどうなる!なんとしても、なんとしてもあの男にこれを託さなくては!」
「最悪の場合は、あれをばら撒くぞ。コピーはたっぷり持ってきているからな。一つや二つは生き残るだろう」 「しかし、それが奴らの手下に渡ったらどうする?あの男に渡る可能性よりもはるかに高いぞ!」 「分かっている。分かってはいるが、それでもいい。アトランティスの現状を打破する為には多少の危険は顧みない。今のままならいずれにしろ近いうちに滅ぶんだ」
「分かった。だが、ぎりぎりだ、ぎりぎりまで粘る。この大陸を越えれば、彼のいる国だ。もう連絡は付いている。彼は待っているはずだ」

その時、船内にけたたましい警告音が鳴り響いた。空を行くその物体は振動を始め、船内のランプが急激に点滅し始めた。必死にスイッチやレバーをひねり、音を消そうとするが鳴りやまない。それどころか点滅の数は増え、船の振動は増すばかりだった。
「まずい、炉心の溶融が始まった。すぐにでも爆発するぞ」
操縦桿を握った男は叫び返した。
「やむをえん、カプセルを射出する。願わくば、ニコラ・テスラの下に届きますように」
「地球人とアトランティス人に輝かしい未来が訪れることを・・・」

甲冑の男がボタンを押すとその飛行物体がいくつかに分離した。正確に言えば分離ではなく、小さな部品を放出したと言った方が良かった。
その直後、二人の乗った物体は火球というにはあまりにも異様な、まるできのこのような炎を上げて爆発した。その光はまるで太陽のように大地を照らし、発生した衝撃波は半径30qの木々をなぎ倒し、1,000q離れた家の窓ガラスを粉々にした。さらには大地に巨大な半球状の穴をうがった。そして飛行物体から射出されたカプセルも、そのほとんどが火球が飲み込まれて蒸発してしまった。

1908年シベリアの奥地、ツングースカの大地で起きた事件である。
そして、ニコラ・テスラは待っていた。約束の地において。
約束の期日より数日、彼はひたすら待ち続けた。寝ることも食事を取ることも無く。
だが、待ち人はついに現れることは無かった。
彼がようやくその地を去ったのは、シベリアの奥地で起きた怪現象のニュースを聞いた後だった。
「先生はいったい誰をお待ちだったのです?」後に弟子に問われた質問に、彼は
「火星からの客人さ」
と悲しげな瞳を浮かべつつ笑って答えたという。

ファーストコンタクト

この事件よりも数年前に時はさかのぼる。 ニコラ・テスラという名前の技術者はその天才的な閃きで、様々な発明を行っていた。 そしてかつての雇い主である発明王エジソンと人格的対立から、激しい舌戦、競争を行っていた。そんな折、電気の交流システムの開発途上、巨大な出力の無線機を開発することになる。その発明が後の彼の人生に、そして人類にとって大きな影響を及ぼす事になった。

ニコラ・テスラは一人深夜の研究室にとどまり、通信機に向かっていた。考案中の交流式発電機を用い、どこまで電波をとばせるか受信できるかの実験の準備のためだった。
交流発電機を作動させ、続いて無線機の電源を発電機に接続させる。アンテナは遥か星空を向けている。何も聞こえるはずのない空間に向けておいて、そこから電波を発信している研究施設に調整するためである。そして受信側の電源を入れ、ボリュームを少しずつ上げてみる。何も聞こえるはずはなかった。当然のことである。アンテナは宇宙を向いている。
宇宙には電波を発する人間などいないのだ。が、わずかなノイズのような音が聞こえてきたのだ。
まさか、と耳を疑った。そして考え直した。アンテナが民家の方向を向いているか、近所に強力すぎる電波の発信源があるのではないか、と。
が、理性はその考えを否定している。
アンテナはきちんと星空を見つめているし、この研究所の近くに人家はない。電波を発信している施設はあさっての方向だ。
ふっと席を立ち台所に足を向ける。料理用にストックしてあるブランデーをグラスに注ぐ。
普段酒をたしなまない彼にとっては珍しいことだった。それだけ、彼は興奮していたのだ。
星を向いたアンテナが電波をキャッチしたことの意味の大きさを考えてのことだ。

ぐいっと一気にグラスの酒を飲み干すと、彼は再び席に着いた。
ノイズは未だ聞こえている。
ニコラ・テスラの好奇心がむくむくと頭を持ち上げる。このノイズは何なのか突き止めよと叫び続ける。
ボリュームを少しずつあげる。
言葉のようだった。
「ギリシャ語?いや、ヘブライ語か?それにしても訛りが酷い」
聞き慣れない言葉にしっかりと耳を傾けた。良く聞けば、それは同じ文章を繰り返しているように聞こえた。
試しにヘブライ語で送信を試みてみる。
「こちらニコラ・テスラ、受信しています。どこから発信しているのですか?」
返答があったのは数分後だった。
「・・・こちらは火星・・・そちらは、地球か・・・」
とぎれとぎれではあるが、ニコラ・テスラの問いに対する明白な返答であった。興奮に震える手を押さえつつ再び発信ボタンを押した。
「火星?あなたは火星の住人なのか?」
会話と会話の合間には必ず十分ほどの時間差がある。それだけで、通信者間に相当の距離があることが分かる。
「これほどのタイムラグが出る、ということはこれが相手の演技でなければ、本当に火星からの通信なのか」
冷静に考えるが興奮は冷めないばかりか緊張も始まっている。腕の震えは増すばかりである。
「相手は宇宙人?それにしては地球の言語を話している。地球人は火星にすでにすんでいるというのか。いや、そんな馬鹿な。私だって宇宙を行く船など造れない。他の人間に造れるはずがない」
それは己の能力への自身でもあったが、事実に近いものでもあった。
エンジンなどの基幹部品についてはニコラ・テスラよりもはるかに進んだ技術者も数多くいるが、こと想像力という点に限って言えば、彼を上回る才能はいないというのが自他共に認める事実であった。宇宙を行くために必要な装備、船の構造、積んではいけない物、人類の知恵は未知の物に対しては限界がある。だが、彼はその限界が飛び抜けて大きかった。だからこそ、彼の恩師であるエジソンはその才能に嫉妬し二人の関係は壊れていった。
もし、この二人の関係がいつまでも友好であったならば、人類の科学技術の進歩はもう少し違ったものになったに違いない。

「あなたは火星人なのか?」
その問いに対する返答にはタイムラグ以上の時間がかかった。分かりやすく説明する為に何か、言葉を選んでいるように感じられた。
「その表現は正確ではない。我々は火星にいる。だが、我々の祖先は地球に住んでいた。我々の故国はアトランティスである」
冗談かいたずらだろうと考えた。だが、相手はすぐに言葉を続けた。
「信じられないのも無理は無い。我々も信じられないのだ。今、君とこうして会話していることが。我々の一方的な通信は何百年と行われてきた。それが、今夜突然君と通信することになった。一つ聞くが、君は本当に地球人なのか?地球のどこに住んでいるのか?」
「間違いなく地球に住んでいるよ。北半球のアメリカという国だ」
「アメリカ?知らない名だ。我々の情報にはないな。地球も進歩していると言うことか。それはそうだな、現実に今我々は地球に住む君とこうして会話している。」
「私だってアトランティスなどという国は知らない。大昔に海に沈んだ国の名前がアトランティスだという話は聞いたことがあるが」
相手の返答の前後には重苦しい沈黙が流れた。
「・・・そうか、アトランティスは沈んだのか・・・」
全ては非常に聞き取りにくい電波状況の中での会話である。
ニコラ・テスラは未だに自分の会話の相手が宇宙にいるとは信じきれずにいる。わざわざはるか遠い地球に電波を送り続ける理由が分からないからだ。
「なぜ、連絡を?」
それは全ての成り行きの核心を突く質問だった。
「地球を救う為だ」
何の躊躇も無い答えが返ってきた。
が、そこでさらに電波状況が悪くなった。通信機の出力が落ちてきたのだ。大出力の発信には巨大な電力を必要とするが、その発電のためには燃料が必要となる。その燃料がつきたのである。結果、その日の会話はそこで打ち切られた。
が、この日よりニコラ・テスラと火星のアトランティス人を名乗る人物との通信は続いていくこととなる。
これが、ツングースカの大爆発へと繋がる事件の始まりであった。

明石平八郎

ツングースカでの大爆発が起きた時、ロシアは革命の真最中だった。それ故、政府による調査はおざなりにされた。というよりも調査などする余裕が無かったのだ。その隙に漬け込んだのはロシア軍の南下を警戒していた日本であった。

「明石元二郎」。日露戦争に於ける影の立役者と言われる人物である。当時、彼はひそかにロシアの革命派と接触し、資金の提供を行っていた。ロシアに混乱をもたらし、軍事力によるアジア侵攻を断念させようとしていたのだ。レーニンやスターリンといった革命の中心をなした人物とも接触を持っていたと言う。そういう意味では、後のソビエト社会主義革命は日本が行ったと言っても良かった。それが後の世に広まった彼の逸話である。しかしながら事実は違っていた。彼の行動はロシアの諜報機関によって監視され、思ったような行動が取れなかったのだ。その上、その状況を知るレーニンやスターリンは彼と接触することすら警戒していたと言う。いわば、彼の活躍は実態とかけ離れた伝説に近いものであった。

その結果、事情を知る者には彼の評価はそれほど高いものとはならなかった。いや、むしろ評価されなかった、と言った方が良かった。
そんな明石元二郎の下に一人の男が配属された。名を明石平八郎と言った。長身に剃髪、筋肉質の体はまるで岩のようであった。その苗字からロシアにおける諜報部のトップ明石元二郎の親族ではないかという者もいたが、事実その通りだった。だが、明石の実子ではなかった。日露戦争で戦死した戦友の子を元二郎が養育したのだ。養子の縁組をしたわけではなかったが、平八朗が軍に入隊するとき、元二郎への感謝の印として自から望んで改名をしたのだ。その男がツングースカの大爆発に関する調査へと乗り出した。一つは養父の手助けをしてその名を上げるため。もう一つは平八郎には予感するものがあったから、である。

1,000qも届く衝撃波や、数日間も発光を続けるような爆発が通常のものであるはずが無い。何か軍事的な意図が隠されているのではないか、あるいは噂に聞いた新型爆弾の実験なのかもしれない。だが時勢もあり、他の国が調査に乗り出した様子はなかった。日本軍でも調査の必要を認めていなかった。業を煮やした平八郎は極秘に単独での調査を始めたのだった。

シベリアという極寒の地を行った日本人は過去にも前例がある。海難事故で遭難し、皇帝に帰国の許可を取りにシベリア横断をした大黒屋光太夫、そして最近では日露戦争の準備のために陸軍の福島安正中佐が、単身馬での偵察行に出ている。
そのシベリアの探検行と同時に彼にはもう一つ行わなければならないことがあった。
養父が仕掛けたロシア革命を成功させることと、成功がなった際の皇帝一家の亡命先を確保することであった。その亡命先には心当たりがあった。ドイツである。最近まで、ドイツとロシアは戦争をしていた。それゆえに追っ手になる革命派も皇帝一家がかつての敵国へと逃げることはまず無いと考えるはず。そう明石は踏んだのだ。もっとも彼らをドイツに受け入れさせるためには、それ相応の手土産が必要になるだろうことは目に見えていた。
だが、皇帝たるロマノフ家にはそれが十分以上にあるはずだった。

ツングースカへの出発は深夜になった。ロシア諜報機関の目をかすめる為である。
秘密保持には単独行が望ましかったが、監視の目もあり十分な準備を行えなかった。
そのため苦肉の策ではあったが、ある人物に探検の準備を依頼することにした。

石神と言う名のその男は資源調査のため、かつて何度もシベリアには渡ったことがあるという。見ず知らずの人物ではあったが、背に腹は代えられない、調査は一刻も早く行わなければならないのだ。出発を急ぐため、明石はこの男に準備を託すことにした。

数週間に及ぶ旅の後、シベリア、ツングースカの地で彼らが見たのは、簡単に表現できるようなものではなかった。炭化した木々が円心状に傾いている。しかもその範囲が尋常ではない。見渡す限りという言葉がふさわしく、地平線のかなたまで同じような景色が続いるのだ。それは何時間移動してもほぼ同じ風景が続く程広範囲に渡っていた。それが単なる山火事などによるものではないことは誰の目にも明らかだった。予想した通り大規模な爆発によるものである。明石はそう確信すると最初の一歩を踏み出した。その先にあるのは死の世界か、それとも、何かしらの希望が隠されているのか、それは明石にも分からない。
辺りには焼け焦げた木々が延々と転がっている。いまだに焦げた匂いが漂っていることがその爆発の大きさを物語っていた。

石神に馬車を任せると、明石はひとり馬に跨り、その焦熱地獄であったであろう場所に入り込む。人里から遠く離れているとは言え、直近の集落を離れてからここ数日、人ひとり会わないことを明石は疑問を感じていた。これが新型爆弾の実験であれば、警備の兵や実験の検証部隊が展開しているはず。それが兵隊どころか原住民にすら出くわしていないのだ。
これはもしや見込み違いであったか、そんなことを考えながらも明石の足は着実に爆心地へと向っていた。

陽射しをさえぎる森が無くなったことで、大地は思いのほか熱い光に晒されていた。
シベリアという極寒の土地柄、相応の寒さに備えた装備をして来たが、この暑さは意外だった。先ほどまでの森林地帯と異なり、森がないと言うことがこれほどまでに環境に影響を与えるものだとは、正直想像もしていなかった。10qほど進んだだろうか、明石はすり鉢状にえぐれた大地のほぼ最深部に達していた。この辺りには木々どころか草一本生えていない。完全に焼き尽くされているのだ。明石は馬を下りて己の足で大地に立ってみた。
より大地に近づいたせいか、焦げた臭いが鼻を突く。実際に歩いてみると大地は硬くしまっており、それはまるでべトン(※)のようであった。
「これはまさか、土が一度溶けて固まったのか、だとすれば爆発の熱量はどれ程のものだったのか」
大地をよく観察すれば、そこには太陽に照らされてキラキラと輝くものがある。
「これは、もしやガラス?なぜ、こんなところにガラスが転がっているのか。こんな僻地に人家があった訳でもあるまいに」
その後数時間、明石は荒れ野を歩き回った。あちこちに転がるこのガラス状のもの以外、目立った収穫は得られなかった。当然である。これほどの広大な範囲を一人で探索しきれるものではない。日は既に陰り始め、間もなく夜がやってくる。そろそろキャンプを張らねばならない。夜の森は危険に満ちている。寒さ、そして野獣。明石の人生にはまだやるべきことが沢山ある。こんなところで死ぬわけには行かない身なのだ。
「無駄足に終わったか」
そう考える明石であった。が、行幸はあきらめた頃にやって来る。
日が沈んだ。吸い込む空気は肺を締め付けるような冷たさを帯びていた。星明りは昼とは違った明るさを大地にもたらした。それは何もかもを映し出す強大な光ではなく、己に反応してくれるものだけを輝かせる、ある意味わがままで、それでいて優しい光だった。
最初その輝きを見つけたとき、明石は昼間見たガラス状の物体が転がっているのかと思った。が、先ほどまで見ていたものとはその大きさがあまりにも違っている。近づいて見るとそれは円筒状の物体であった。星明りの元でもそれは明らかに人為的に作られた物体であると分かった。それは尾を引くように地面を削り取り、その先端は大地にめり込んでいた。その状態から、この物体がかなりの速度で落ちて来たものであることが想像された。
爆弾の破片であろうか。走りよった明石の目に映ったのは、表面が焼け焦げた、これまでに見たこともない物体だった。長さは50p程度。手に取ってみると、それは見た目以上に重く、片手では地面から引き抜けない程であった。両手でがっしりと掴む。触った感触は陶器のようでもあり、金属のようでもあった。地面をえぐるほどの威力で落ちてきたのだ、相応の衝撃を受けた筈だが、見た目ではほとんど傷もないようだった。何かが中に入っているようだったが、どういう構造なのか、その開け方がわからない。ダイヤルのようなものもあったが、それらが複雑に組み合わさって箱根細工のような、あるいは知恵の輪のような構造になっているようだった。明石はその場で確認することをあきらめ、事務所のあるモスクワに持ち帰って開封することにした。それは人力で運ぶには大変な労力が必要であったが、馬に乗せればそれほど大変な事ではなかった。明石は馬という家畜のありがたさをあらためて思い知った。人類最大の発明は、火でも車輪でもなく家畜ではないかとさえ思った。

従者の下に帰り着いたときには、すでに火が起こされ幕営の準備は整っていた。
火に掛けられた鍋で米が炊かれている。このような僻地で米を食えるということは心底ありがたかった。自分が日本人であることを実感するひと時である。
一汁一菜の素朴な食事ではあったが、それでも十分満足のいくものであった。
特にロシアに赴任して以来一度も米を口にしていない明石にとって、それは身も心も解きほぐす効果があった。自然、たわいのない会話が口をつく。
「こんな所で米の飯を食えるとは思わなかった。君を雇って本当に良かった。ありがとう」
明石は防寒用の帽子を脱ぎ剃髪の頭を下げた。
「私の実家は青森でして、細々とですが田んぼもやっとります」
石神という男は木訥と自分の話を始めた。実家の生業のこと、ロシアの資源探索のこと、家族のこと、なまりもあり上手な話の進め方でもなかったが人を信用させるような柔らかいしゃべり方だった。

明石はこの夜のことで石神という男をすっかり信用した。
その後数日間、二人は爆心地付近を歩き回った。その間、先に見つけた円筒状物体に似たものを幾つか見つけたが、それらはどれも焼け焦げており、半分が溶けかけ、何かが燃えた灰だけが中に残されていた。だがそれは別の使い道があった。物体の構造を知ることができたのだ。それはやはり「箱根細工」と同じ仕組みだった。回転と押し込みの複雑な組み合わせで作られており、その構造を知らない者には到底開封できるものではなかった。
明石程度の頭脳では、手本がなければ破壊する以外、開封する手段はなかった。
ところが、その外筒も極めて頑丈ときている。事実上開封することは不可能だった。
回収した円筒状物体は外見を見ただけでも非常に高度な技術をもって作られていることが想像できた。焼け焦げやごく一部の小さな凹みを除けば筒の表面は非常に滑らかで、摩擦抵抗が感じられない程であった。

モスクワに戻ってからの明石は忙しかった。姿を消した間の行動を上司から問いただされ、同時に回収した円筒状物体の中身も調べなければならなかった。ロシアの諜報機関にも警戒され監視の目も強まっている。行動は慎重にならざるを得なかった。そこで活躍したのが一緒に戻ってきた石神である。明石は石神に回収した物体の日本への移送を依頼した。
その結果がもたらすことに思いをいたさずに。

アメリカ ニコラ・テスラ 1930年

ツングースカの怪事件からおよそ20年後、ニコラ・テスラの前に姿を現したのは火星からの客人ではなく、ひとりの日本人であった。長身に剃髪、筋肉質の男は、身分を明かすことなく、ただ明石平八郎とだけ名乗った。

その男はニコラ・テスラの事務所にアポイントも無しに現れて、突然面談を申し入れた。
ニコラ・テスラを訪ねる者は多い。そのほとんどが商売のために知己を得ようとする、もしくは彼を利用しようとする者であった。そんな連中をいちいち相手にしていられない二コラは忌々しく思いながらも、その申し出を丁重に断らせた。が、秘書を通じて伝えられた男の言葉を聞いて、一転彼は考えを変えた。
「アトランティス、とお伝え頂ければ」
その一言により急遽設定された会談の席で、男は流暢な英語で話し始めた。
「ニコラさん、あなたが20年間待ち望んでいたものをお持ちしました」
ニコラは口に運びかけたコーヒーをテーブルに戻した。その言葉が何を意味するのか、先ほどのアトランティスという言葉と突き合わせれば彼には明白だった。だが、知らぬふりをする。正体が分からぬ男の話をそのまま鵜呑みにする訳には行かないのだ。
軍や対立するエジソンの仕掛けた罠かもしれない。ニコラ・テスラの対応を当然の事と思っているのか、目の前の男は平然とした様子を崩さない。それどころか、勝手に話を続けている。
「これはシベリアの奥地で私が拾ったものですが、中にはあなた宛ての手紙らしきものが入っていました」
そう言うと明石は大ぶりなカバンから取り出した書類の束を無造作にテーブルの上に置いた。明石は右手をさっと出し、二コラに目を通すよう促した。
ニコラはそれを手に取ると夢中で読み始めた。 「それは回収した筒の中に入っていた文書を英訳したものです。あなたはそこに書かれた内容に心当たりがある筈だ」
真剣に目を通すニコラに明石はささやいた。
「それは文書のほんの一部。肝心な部分はまだお渡ししていませんよ」
ニコラは書類に目を通すのを止め、テーブルの上に置いた。
「一体何が望みなのかね?」
二コラは忌々しげに返答した。
「何、簡単なことです。我々に協力して頂きたいのですよ。火星のアトランティス人とあなたとの間に交わされた会話の内容を教えていただくことも含めて、ですね」
そう言って明石はにやりと微笑んだ。
協力するのはやむを得ない、ニコラはそう判断した。アトランティス人は何かをニコラに託すために、はるばる地球まで来ようとしていた。通信で得た情報から察すればそれは火星人から人類を守るための情報であったはず。それをむざむざ無駄にする訳には行かない。
またこの男の言葉を信じれば、彼は日本人。ニコラの住むアメリカとは近い将来戦争になるかもしれない国の男だ。その仮想敵国の人間が機密情報ともいうべきものを持って来ている。そのような立場の男の発する言葉を果たして信じて良いものなのか、二コラは考えた。

だが、迂闊に返事をする訳にも行かない。万が一これが罠であったら即警察に引っ張られる可能性もある。ニコラは返事の保留を求め、明石も了承した。明石も諜報機関の人間、交渉の機微というものを心得ている。ニコラが即答できないのは鼻から承知の上だった。
そのうえでカードを切って行く。
「我々は筋電位をコントロールする方法とそれに最適な金属を提供する用意があります」どうか良いお返事を。そう付け加えて明石は交渉の席を立った。
ニコラから協力する旨の返事が明石の元に届いたのはそれから一週間の後であった。

(*)ベトン・・・フランス語でコンクリートのこと

CHAPTER 1 スペイン

接触と転換

仮称「Reisen Panzer」、通称「重機」と呼ばれる新しい発想の人型兵器は日本とドイツのハイブリッドとも言える形で開発が進められていた。

ツングースカで回収した筒の中には、ニコラ・テスラへの手紙の他に、まるで写真で撮ったかのように美しく精細な地図と、人型をした機械の図面が入っていた。モスクワに戻った明石はそれらを石神に託す前に、全ての写しを撮っておくことにした。自分で解析を進めるためと、万が一の紛失に備えてであった。期待した通り、石神は上手く書類を持ち出してくれた。そして数週間後、それらは無事陸軍省へと届けられた。

実の子とも言ってよい平八郎の報告を元二郎は冷静に聞いていた。この話を聞いたのが凡百の人物であったならば、それは一笑に付されていたかもしれない。平八郎の話す内容はそれくらい常軌を逸していたのだ。しかし、元二郎はその報告者との繋がりを差し引いても、極めて公平に、そして偏見を持たずにその報告を受け止めた。

元二郎はすぐさま事の重大さを悟った。この人物の最も評価される点は、偏見や思い込みで物事を判断せず、極めて合理的な対策を立案、実行できる能力にあった。実際の貢献度合は逸話ほどではないにせよ、その一点だけを持ってしても、彼がソビエト社会主義革命の成功に一役買っていたことだけは間違いない。

報告を受けた元二郎はすぐさま陸軍省に手を回した。結果、埋もれそうになった平八郎の報告書とツングースカから持ち帰ったサンプルは相応の待遇を持って調査されることとなった。だがその一方、民間人に重要な荷物を任せるという平八郎の迂闊な行動に、元二郎は激怒した。冷静に考えれば当然である。信頼がおけるかどうかも分からぬ民間人に重要な軍事機密を託すことなどあってはならないことなのだ。それ故に平八郎は解任。ロシア駐在武官に在籍したという記録までもが抹消された。その結果、平八郎は行動の自由を得た。

解任されてから日本に帰国するまでの期間を平八郎は極めて有効に利用した。発見した書簡を理解するための言語、基礎科学の学習と平行し、チベットのラサ、トルコのアララト山、アフリカのタッシリなど、ツングースカで拾った地図に示された場所の一つひとつを平八郎は丹念に歩き回った。日露戦争が日本側の勝利に終わったこともあり、各国の対応にも変化が見え始めていた。以前なら日本を弱小国と見下して歯牙にもかけなかった外交筋の対応が明らかに変わっていたのだ。特に乃木将軍による旅順要塞攻略の影響は大きかった。「平八郎」という名前もあってか、敬意をもって接せられることも多くなっていた。ただ、それはロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎大将と微妙に間違っている結果でもあったのだが…。

「世界は力の強いものにつく」
それが世界を回った平八郎の実感だった。各国政府が協力的になったことで世界中に散らばった未知の技術やそれに纏わる貴重な情報も比較的容易に得られるようになっていった。その中にはチベットの奥地で入手した人工筋肉と思われる繊維状の有機物や、岩手の山中で採掘される特殊な金属の情報なども含まれていた。
それらの場所は全てツングースカで回収した地図に示されていた。またその地図には、かつて地球に世界に跨がる一大文明が存在したことも記されていた。それはアトランティスともムーとも呼ばれるものだった。古くはギリシャのプラトンが、近年では英国のチャーチワード卿がその伝説を伝えている。この時の平八郎は拾ったこの地図が火星に残った彼らの末裔から届けられたものだということを未だ理解できずにいた。確かに文章を解読すれば、そのことは記されていた。しかしそれをすぐに信じろというのは無理だった。自国の文化や価値観を無理やり押しつける帝国主義がはびこる時代において、地球以外に世界があることを想像し、その未知の世界からもたらされた情報を理解することなど出来るはずはなかった。平八郎自身、世界を回り、記された内容を一つひとつ確認することによって、彼の頭の中にあった常識、意識を転換することができたのだ。そしてその理解できない物を理解できるようになった経験が後に大きく役立つことになる。それはすなわち「百目」設立である。

長期に渡る旅の結果、平八郎は世界中に独自の人脈を築き上げることが出来た。それはこの未知なる物を理解するため、彼が世界中を回って見聞を広げる事によって相手の立場を理解し、考慮できる深い人間性を得たことが大きかった。そんな平八郎に人々が好意を抱いたのだ。

世界が2度目の世界大戦へと向かっていく中、平八郎はその人脈を使ってある国際的な組織づくりを開始した。それは世界規模の対火星人情報機関であった。「百の目で世界を見据え、真実を捉える」という意味を込めて、それは「百目」と名付けられた。一方、陸軍省に於いても、明石からの情報をもとに国際的な軍事機構を作ろうと言う機運が高まっていた。それは事の発端となったツングースカの事件に因んで「ツングースカ機構」と名付けられた。その基本として提唱されたのが「ツングースカ協定」である。その内容は、火星からの攻撃を駆逐した国が火星における利権を優先的に確保できる、というものであった。

こんな馬鹿げた内容の協定に真剣に取り組む国などある筈がない。皆、有名無実の国際連合の発展版位にしか捉えていなかった。しかし、中には積極的に絡んできた国もあった。ドイツである。総統ヒトラーのオカルト好きが功を奏して、ドイツは提唱国の日本と共に協定機構の中で大きな立場に立つことになる。これが後の三国同盟締結へと繋がる礎となった事は言うまでもない。それは知られざる歴史の一幕でもあった。

平八郎によってもたらされた図面の多くは陸軍省内部においても極秘の扱いとされた。あまりにも現在の技術を超越していたため、そのほとんどが理解できなかったのだ。
特に電気工学や物理学に関する部分では、根本的な理論からして理解できる範疇を大きく超えていた。そのため世界中の研究機関や理論物理学者にその解析を依頼する必要があった。日本の理化学研究所はもちろん、ドイツのカイザー・ヴィルヘルム研究所、そしてアメリカのニコラ・テスラなどの名前が挙がった。はじめに図面を持ち込まれたのは、お膝元である日本の理化学研究所だった。図面を見せられた研究者たちはその内容に驚喜した。そのうちの一つが研究を始めたばかりの原子力を使用した発電装置に関するものだったからだ。

そしてもう一つは巨人のような人型の兵器、最後の一つは用途不明の巨大なコイル状のものだった。一枚一枚の図面を精査した結果、それらの部品の大半は日本の技術でもなんとか製造が可能だった。しかし電気制御を必要とする部分についてはかなりの困難が予想された。というよりも、今までにない発想による設計のため、その内容が理解できず開発の糸口さえ見いだせなかったのだ。

そこで、明石平八郎の登場である。エジソンと並ぶ天才科学者として知られていたニコラ・テスラとの繋ぎをしろとの命令が平八郎に下ったのだ。それにはアメリカ政府に感づかれないよう極秘裏に接触せよとの条件も付いている。参謀本部の堕落には明石も辟易していたが、ここまで無能だったとは正直思ってもいなかった。ツングースカで回収したこの書類は元々ニコラ・テスラ宛に送られてきたものである。そしてそれを軍に届けたのは、他の誰でもない明石なのだ。それは軍幹部も把握しているはず。事の発端に関わる二人が接触すれば、思わぬ化学反応が起こるかもしれない。そんな程度の推測も無しに手配を回すなど、そこまで彼らは官僚化しているのか。明石は半ばあきれてしまった。 あるいはその化学反応をも見越した上での命令であろうか。

この時点において、明石はツングースカで拾った書類に関して既に解析を済ませていた。筒の中にあった書簡にはニコラ・テスラの名前が宛名のように書かれていた。最初に回収した無傷の筒とその中身については軍の方へ送ったが、つぶれた筒と中身の写しは明石の手元に残っていた。それらはいずれニコラのもとに届けねばならない。そう思っていたところへの命令である。好都合ではあった。同時にアメリカにおける百目の組織化にも取り掛かりたかった明石には絶好の機会でもあった。

ツングースカの事件後、シベリアから日本へと戻った石神は、明石から預かった書類の扱いに困っていた。確かに明石との間に友情のような感情は芽生えていた。彼の依頼通り荷物を速やかに軍へ届けたいという気持ちもあった。だが、彼には義理立てすべきもうひとつ別の組織があった。それは石神家の仕事の長い間の依頼主、そして大株主でもあった。彼らはどこから聞きつけたのか、石神と明石が行ったシベリアでの探検行を既に知っていた。そして、要求してきたのだ。明石から預かったもののすべてを渡せ、と。

彼らの名は「石切り場の賢人」。その名前は父親から聞かされて知っていた。その事は石神家に伝わる一子相伝の秘密事項でもあった。歴史の節目に必ずその姿を現し、影響を与え、そして影のような気配を残して闇へと消えて行く、彼らはそんな存在であった。その存在が接触して来たのだ。断れば自分の会社は潰される。自分たちは良いが従業員はどうなる。彼らの生活はどうすれば良い。そういう責任が跡取りたる石神には重くのしかかっていた。考え抜いた末に石神が選択したのは、写しを撮って軍と石切り場の賢人の双方に渡すという方法だった。

その写しを撮る最中、石神は驚くべき事実を知ることになる。
石神家の工場は青森の山中にあった。岩手県には独自の鉱山を持ち、金属採取と加工で生業を立てていた。明石から預かった地図の中にその鉱山の位置が記されていたのだ。それを見て石神は心底驚いた。そして同封された書類の内容にはもっと驚かされた。自分の親に問いたださなければならなかった。石神家の出自を、そして人間の歴史の中で演じて来た石神家の役割を。そうして石神は「石切場の賢人」と呼ばれる組織の実態を知ることになるのだった。

ニコラ・テスラのもとに届けられたサンプルは天才ニコラをもってしても容易に理解できるものではなかった。火星との事前交信がなかったら、相当手間取っていたかもしれない。特にチベットから持ち込まれた白い繊維状の有機物や、日本で精製された特殊な金属などは、実際にこの目で見ても信じられないようなものだった。筋電位、即ちわずかな電流の変化によって伸縮する白い有機物は筋肉の代わりに相当するものであった。それはモーターと組み合わせることで相当効率的な働きをすることが想像された。そして、もうひとつの特殊金属。その剛性も驚異的だったが、それが持つ特殊な性質に関してはとてもこの世のものとは思えなかった。天才二コラ・テスラをもってしても、これは悪魔の産物ではないかと疑ってしまうような代物であった。それは人間の血液を吸収してそこから電気エネルギーを取り出すという性質を持っていたのだ。火星との通信を通じてある程度の事は知っていた。しかし実際に見るのと、聞くのとではやはり違う。それは手に触れているだけでも疲労を覚えるような代物であった。血液だけではなく人の細胞からもエネルギーを吸収する構造も持っているのかもしれない。これが火星の、失われたアトランティスの技術か。ニコラは感動を通り越して、恐怖すら覚えていた。

この金属を最も有効に活用する方法。軍事に詳しくない二コラにもそれは容易に想像できた。それは人間の身体を取り込むこと、つまり操縦士という形で機械に入れ込むことでより効率的な燃料補給を可能とする兵器‐即ち生体兵器の開発である。明石をここに送り込んだ日本軍の狙いもそこにあった。その点についてはニコラの方も同意していた。
火星からの通信でも、兵器への応用を前提として送る旨の話はあった。問題はそれを渡す先である。できるならば祖国であるオーストリアに渡したいが、かの国はドイツに併合されてしまっていた。ならば第二の祖国であるアメリカに渡すべきではないか。情報部にはすでに連絡を入れてある。後はどのタイミングでどの情報を渡すかだ。

しかしそれが難しかった。下手に渡せば、研究を丸ごと持って行かれかねない。
そうかと言って何も渡さなければ、将来日本が解析を済ませて、全ての技術情報を独占することになるかもしれない。火星からの通信者はそのような事態は望んでいなかった。地球人が団結して火星人に対抗することを望んでいたのだ。ニコラ・テスラは考えた。
「いっその事、この二つの国に手を結ばせてしまえばいい」と。

その結果、明石平八郎とアメリカ軍情報部との間に接触が持たれた。国際共同の情報交換組織「百目」の完成、そしてそれは二国間における「ツングースカ協定」締結の第一歩でもあった。日本陸軍がアメリカとの軍事協定を受け入れたことに明石は正直絶句した。アメリカとはいつ開戦してもおかしくはない状態が続いている。それどころか公式には、アメリカ政府との接触自体をも禁じていたのだ。国際条約ともなれば、明石単独でどうこうできるものではない。陸軍省が出張り、アメリカ国防省との交渉に入った。アメリカ政府といえども一枚岩でない。対日本開戦を望んでいる勢力もあれば、戦争自体への参加を否定するグループもあった。その反戦グループと渡りをつけ、可能ならば日米戦争を回避する。陸軍省の官僚はツングースカ協定をそのための手駒くらいにしか考えていなかったのだ。

明石の知る限り、火星からもたらされた技術情報は現在の科学を遥かに凌駕するものばかりだった。協定を結ぶとなれば、それを敵となるかもしれない相手に渡すことにも繋がりかねない。下手をすれば同じ兵器同士で戦うことにもなる。そんなリスクすら考えない官僚達に明石は強い憤りを覚えた。
「クーデターを起こす連中の気持ちが良く解る」
市ヶ谷を後にした車中の暗い後部座席で、明石はそう呟いた。

ドイツ フランツ・ハインツ・シュナイダー 1943年

ドイツ軍准将シュナイダーの元に辞令が下ったのは、黒い雲が空を覆う雨の日の午後だった。アフリカ戦線を離れて以来待機状態にあった彼にとって、次の作戦が如何に重要なものであっても、それは今日の天気と同じくらい憂鬱で退屈なものになるであろうと思っていた。
それほどまでに彼の元上官は偉大であった。

「エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル」。勇名をはせたその男は、アフリカにおける大胆不敵な活躍だけでなく、その人格をもってしても世界中にその名前を知らしめていた。

かく言うシュナイダーもその人柄に惚れ、能力の高さに心酔していている一人だった。
シュナイダーの作戦立案能力、指揮統率力のほとんどがロンメルから学び取ったものであった。故に、彼の部隊を離れて他の指揮官の下で働くことなど、あまりにも退屈で学ぶべきことがないものように思えていたのだ。だが、そんなシュナイダーのもとに下された命令は、彼の想像を遥かに超えるものだった。 

「ツングースカ協定」の発効後、新たに発足する部隊の指揮を執ること。そしてそれに伴う少将への昇進。英米およびソ連との戦争はもう5年も前に始まっていた。その一方でこれから現われるであろう新たな敵に対抗すべく、その英米と共同戦線を張る準備をせよと言うのだ。こんな馬鹿げた話はない。参謀たちは一体何を考えているのか、シュナイダーは彼らの頭の中身を本気で疑った。しかしそんな彼をやる気にさせたのは、長年連れ添った副官プリュムの言葉だった。

「ロンメル閣下の教えを実践する好機ではありませんか」

その通りだった。シュナイダーの活躍は恩師の名前を高めることにもなる。ロンメルへの恩返しの意味も含めてシュナイダーはその辞令を受けることにした。
与えられた兵員は三千余名。一部隊としてはそれなりの数だが、本気で戦争を仕掛けるには少な過ぎる。そもそも、なぜこんな不可解な部隊の指揮官にシュナイダーが選ばれたのか、プリュムは疑問に思ったが、シュナイダーには思い当たる節があった。
「まさかあの出会いがこんなところに影響することになるとは」

時は26年前に遡る。当時は第一次世界大戦の真最中で、ロシア革命の火が勢いを増していた頃でもあった。そんな折、彼の家を訪れる1人の外国人があった。エッセン郊外の片田舎、近くを流れるライン川の周囲には農地と葡萄畑が広がっていた。代々高級軍人の家系である彼の家はそんなのどかな風景の中でもひときわ大きく目立っていた。
若きシュナイダーはその日も家の庭で、日課であるトレーニングに励んでいた。筋肉に負荷を与え、わずかの時間だけ休み、再び筋肉に負荷を与える。そうすることで筋肉は堅く鍛え上げられていく。そうして来たるべき日のために備えていた。

そんな彼に声をかける者があった。挨拶はドイツ語であるが、見た目は東洋人のようだった。
だが黄色人種はみんな同じに見える。シュナイダーはその男が中国人なのか日本人なのか、全く見分けがつかなかった。その男はシュナイダーよりも少し年上に見えた。長身に筋肉質の肉体は自分よりも大きく見え、独特の威圧感を持っていた。が、しかしその一方で見る者を安心させるような魅力的な笑顔も浮かべている。彼はシュナイダーに父親の所在を訪ねた。 男は名前を明石平八郎と言った。シュナイダーはその音の響きで、ようやく彼が日本人だと分かった。

父親のアドルフとその男の会談は数時間に及んだ。そして翌朝、男は父親と連れ立って首都ベルリンへと出掛けて行った。再び彼らが返って来たのはそれから二週間の後であった。その夜、シュナイダーは改めて明石と名乗ったその男と引き合わされた。
その時聞いた明石の話は全く常軌を逸していた。何も疑わず全てを信じろという方が無理だった。だが、彼の父親はその男の話を信じ、彼に協力せよと命じた。
その頃一部のドイツ貴族や高級軍人の間では、ある驚くべき噂が流れるようになっていた。その噂が事実であることもシュナイダーは明石との会見で聞かされていた。
ロシア皇帝ニコライ二世のドイツ亡命である。

その事は当然ながらドイツ国内では極秘事項になっていた。ニコライ二世一家は暗殺されたことになっている。ドイツ国内で生存していることが発覚すれば、ドイツとロシア革命政府との関係は険悪なものになってしまう。だがそれ程のリスクを冒してでも、ドイツにはニコライ二世を受け入れる理由があった。それは即ち経済的理由である。大戦で疲弊したドイツ経済の立て直しにはニコライ二世の持つ莫大な財産が必要だったのだ。そう言った意味では亡命を受け入れたドイツ皇帝ヴィルヘルムは相当にしたたかであったと言える。しかしそれは先にシュナイダー家を訪れた明石平八郎が裏で手を廻した結果でもあったのだ。

Riesen Panzer I

人型重機甲歩兵、通称「重機」もしくは「巨人兵器Riesen Panzer( リーゼンパンツァー )」の開発は一筋縄では行かなかった。1938年の時点で、個々の部品に関しては日本から提供された図面の通りにほぼ出来上がっていた。しかしそれらをつなぐ骨格の強度がどうしても足りなかった。現状ドイツの知る鉱物ではその重量に耐えられるような強靭でしなやかな金属を精製することができない。加えて発電に関するシステムが明らかに欠如していた。大型モーターを使うことで関節部の駆動は可能となったが、出来上がった試作機は機体制御、操縦系の設計が極めて未熟で、全く実用性に欠けていた。

兵器として稼働させるには、どうしても強力な発電装置と高強度の金属が必要であった。
開発を担当したハインケル社は独自での開発を早々に断念し、情報提供先の日本へと発電装置と骨格部品の提供を求めた。それはハインケル社が同時期に開発を進めていたジェット戦闘機との両立が困難であると判断した結果でもあった。そしてそれは懸命な処置でもあった。図面を提供した日本にしても骨格の強度不足と発電装置の欠如は、はなから承知していた。その部分には敢えてベールをかけていたのだ。ハインケル社からの呼びかけに対して日本からは、完成した試作品の無償譲渡を条件に、骨格用金属と制御装置を提供するとの返事が来た。この件に関して、日本側の交渉は相当にしたたかであったと言える。対ソ戦を想定して陸軍の強化を画策していたドイツにとっては、歩兵戦力の強化は避けて通れない課題だった。装輪とも装軌とも違う、装脚式ともいうべき足で移動する人型重機( リーゼンパンツァー )は戦車の防御力と歩兵の柔軟性を併せ持った極めて画期的な兵器であり、陸軍兵力を強化したいドイツにとっては非常に魅力的な装備であった。それ故、極めて不利な条件にもかかわらず、ドイツ軍は日本側の条件を呑んだ。陸軍ではこの巨人型兵器に大きな期待を寄せていた。しかしその期待は呆気なく裏切られることとなった。ドイツ総統ヒトラーとハインケル社の政治的確執がその原因だった。ナチスの政策に批判的だったハインケル教授をヒトラーが嫌ったのだ。結果、この画期的新兵器がドイツ陸軍に採用されることはなかった。

そのことを予想した軍官僚も一部にはいた。そこで、シュナイダーの登場である。
ヒトラーと距離を置く一部のドイツ軍将校達はこの重機が完成した暁には、密かにその部隊を編成させる腹積もりでいた。日本との間における事の始まりから関わり、且つそれなりの地位と優秀さを持ち合わせていたシュナイダーはその指揮官に最も相応しい人物であった。

ハインケル社の問い合わせに対し日本からは、ドイツでは全く知られていない種類の鉄鉱石がその精製方法と共に送られてきた。一方で、同時に依頼した発電装置と制御装置の方は全く送られて来ない。やむを得ずハインケル社では、この金属を使って新たに骨格を製作し、全ての部品を再度組み付けてみることにした。金属の精製に際してはドイツ最大の製鉄メーカーであるクルップ社の協力を仰いだ。

そして3か月後、新しい骨格を手に入れた「2台目の」試作T号機が完成した。その翌日、操縦系統の確認のため、ひとりの整備士がこれに乗り込み、その操縦桿を握った。

すると突然、誰も予想すらしなかった事が起こり、現場は一時大混乱に陥った。
重機に火が入ったのだ。

あり得ないことだった。電力の供給源がない以上、動くことなど考えられない。
慌てた整備士は転げ落ちるように操舵室から飛び降りた。その途端、巨人は再び沈黙した。技師たちはその変化に驚いた。ある技師は想像した。もしや操縦桿を握ることで電源が入ったのではないのか、と。そしてその想像は正しかった。以前の試作T号機と違う点は日本から提供された金属製の骨格に交換した事だけである。そこに何らかの秘密があるようだった。だが、なぜそれが発電するのか、それを確認するため、技師たちは未だ部品が組み付けられていない骨格そのものを調査する事にした。
その表面は極めて滑らかで全く摩擦を感じない程であった。またその断面も触れただけでケガをしてしまいそうなほど鋭利で美しい仕上がりを見せていた。実際、ある技師が手袋をしないままこれに触った時、誤って掌を切ってしまったことがあった。これは後から聞いた話なのだが、このフレームを触った技師は全身の力が吸い取らてれ行くような感覚に襲われたそうである。傷口から噴き出した大量の血はフレーム表面に降りかかると、見るみるうちにその中へと吸い込まれて行った。その直後、フレームはわずかに赤く発光して全体が少し発熱し始めた。接続されていたテスターを見ると針が激しく振れている。なんと、発電しているのだ。
血液をエネルギーに変換する金属、そんなオカルト的なものがこの世に存在するなどと一体だれが今まで想像できたか。技師達は顔を見合わせた。誰一人、目の前の現実を受け入れられなかったのだ。
吸血金属とも云うべきこの骨格について、送り主である日本からは何も知らされていない。ただ、図面通りに組み込むことだけが指示されていた。

「日本人はこの金属の性質を知っている。これが日本独自の開発だとしたら、我々ドイツの科学とは技術も発想もかけ離れている」
技師たちは日本の技術に驚嘆するとともに、得も言われぬ恐怖を感じた。
血液をエネルギーに変換する。そんなオカルト的な技術はオカルト好きな我が総統であればいざ知らず、まともな科学者にとっては決して好まれるようなものではなかった。
技師達はこの技術の扱いに思い悩んだ。しかしこの特殊金属製フレームを使う以外、重機の開発は進められなかった。ガソリンエンジンを組み込んでも、絶対的なパワー不足は否めず、骨格の強度不足は致命的であった。ジェラルミン製のフレームで組まれた巨人兵器は立ち上がることすらできず、その関節は自らの重量で破損してしまった。
「止むを得ず」「代替の部品が開発されるまで」
技師達にとってはあまり認めたくない条件付きで、彼らは渋々そのフレームを採用した。
ドイツ製人型重機甲歩兵、巨人兵器「Riesen Panzer( リーゼンパンツァー ) T」の生産第T号機はこうしてロールアウトしたのだった。

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