1945/Kampf Riesen Mars

※毎月25日更新

熱砂戦線(アフリカ紅海沿岸−1945.5.20−)

砂漠は猛烈な熱気を持ってドイツ軍第7独立部隊を出迎えた。灼熱の太陽は戦車の装甲を焼き、舞い上がった砂が汗に濡れた体表に貼り付く。夜は夜で零度近くまで低下した気温が兵士たちの身体を凍えさせる。チュニジアに上陸して以来数週間、過酷な環境での行軍は兵の肉体と精神を確実に蝕んでいった。だが幸いにして、連合軍から妨害を受ける事もなく彼らは駐屯地へ到着することが出来た。
そして数ヶ月間。戦局はそのまま膠着してしまった。と言うより、命令が下らなかったのだ。彼らが幕営する拠点のほんの目と鼻の先には敵の補給物資集積地が広がっていた。紅海を臨む海岸線沿いには大小の輸送船が停泊し、陸上には数百に及ぶ仮の倉庫が建ち並んでいた。それらの数は増えることはあっても決して減ることはなかった。
目の前に広がるこの集積地こそが第7独立部隊の攻撃目標であるはずだった。だが、そんな状況にあって、彼らに下された命令は唯一つ。
「次命あるまで待機」の一言であった。
こう暑くては日々の訓練すらままならない。精々が食器の皿を叩いてモールス信号の練習をすることぐらいである。昼灼熱で夜厳寒という過酷な環境に加えて、やることが全く無いと言う状況に兵達の士気は確実に奪われていった。怠惰な日々を送ることで戦闘集団としての能力は極端に低下していく。司令官のシュナイダー少将は士気の低下した戦闘集団を維持する事に限界を感じ始めていた。その思いは副官のプリュムも同様で、今も幾度目かの作戦行動開始の直談判をシュナイダーに申し出ているところだった。だが、シュナイダーからはいつもと同じ人を食ったような返事しか返って来なかった。
「またその話しかねプリュム君。我々は軍人、上からの命令に背くことは出来ないのだよ。ところで話は変わるがね、エジプトのピラミッドな、あれは宇宙人が造った物だという話もあるが、あれは間違いなく地球人の造った物だよ。エジプト、ペルー、イースター島、マチュピチュ、テオティワカン。これらは全て巨石文明を発展させた先史文明人、すなわちアトランティス人が造った物だ。その証拠にその文化に共通点が多い。象形文字、ミイラ、耐震性の高い巨大建造物。これらの遺跡を線で結んでみると良い。その線の交わるところ、つまりその中心に位置するのがエジプトのギザだ。いいか、言っておくぞ、世界の謎を、敵の謎をつかんでいるのは石切場の賢人を名乗る秘密結社だ。金属加工のプロフェッショナルである彼らは我々に協力もするが、同時にやつらの下僕でもある」
「少将閣下、そのような与太話でごまかさないでください。そのお話は私の進言とは全く関係の無い物のように聞こえます。ただ、参考までにお聞きしますが、我が軍の新兵器と思っていた例の人型重機。あれは我が軍が独自に開発したものではないという噂がありますが、それは本当ですか?」
「ここまで事態が進行すれば君と私は一蓮托生だ。いいだろう、この際だから話しておく。あれは基本的に我が軍が開発したものだが、一部の部品は日本製だ。しかし元々の出所は百目か、石切り場の賢人だという話だ」
「百目?石切場の賢人?どちらも怪しい名前ですな。先程もおっしゃられていましたが、そんな奴らがなぜ我々に協力をするのですか?」
「だからさ、そこが謎なんだよ。奴らには奴らの都合があるんだろうさ。まあ、我々は我々の戦争をするだけさ。どのみち勝たなきゃ死んじまうんだからな」
ティーガー戦車の群れに守られた野営のテントの中、コーヒーをつまみにワインを飲みながら交わされた会話であった。
「では本国でしきりに囁かれていたアトランティス人とは一体何者だったのですか」
「そんなことは知らない。興味を持ったことも無い。俺にとっては只の昔死んだ人間だ。だが、我が国のオカルト好きは総統直々だ。まぁ小さいことは気にしないことだ。それにしてもこの赤ワインは美味いな。もう空だ」
プリュムはくすりとした。
「閣下はなぜそんなにいい加減なのですか?とてもロンメル元帥に師事していたとは思えません」
「モルトケにしろロンメルにしろ、プロイセン軍人の魂を持つ者は今のドイツに必要ないのさ。だから俺は己が生き残る為、部下を一人でも多く生き延びさせる為に、愚鈍なナチス軍人に成り下がっているのさ」
シュナイダーの人柄を知るプリュムにとって、その言葉は全く予想した通りで納得のいくものだった。
「もっともその祖国も敗北して、総統も死んだという情報もありますが。その割には我々への補給は途絶えませんから、きっとただの噂だったんでしょう。で、思い出したのですが、シュタインベルガーの残りがあと一本です。補充されるワインはどれもアルザス産ばかりでして…」
最後の言葉を聞いて少将はぶはっとコーヒーを吐き出した。
「何、そいつは大変だ。国が滅びても何とかなるが、シュタインベルガーが飲めない世界は台風とハリケーンとスコールが一緒に来たようなものだ。全くもって耐えられん」
「どうします、とって置きますか」
「いや、飲んでしまおう。無くなったらその時は戦闘を初めてぱっぱと終わらせるだけだ」
プリュムは一転、顔に緊張を走らせた。だがすぐに緊張を解くと
「私の提言よりもワインの在庫の方が響くとは、全くもって残念です。ですが良いご判断だと思います。命令違反にはなりますが、徒に兵をすり減らすよりはよっぽどマシです」
「そうと決まれば、例の捕虜をここに呼んで来てくれ。彼らにも勝利の美酒を分けてやろうじゃないか。明日が最後となれば、彼らも少しは口を開いてくれるだろう」
実のところ、この時シュナイダーは命令違反を犯してまで戦闘行動を起こすつもりはなかった。それはあくまでも、士気高揚のためのデモンストレーションであったのだが、実はそれ以外にももうひとつの目的があった。それは自らの部隊に入り込んだ「敵」のネズミを見つけ出すための罠でもあったのだ。
呼ばれてやって来たのは、藤堂隆俊と黒葉真風という二人の日本人だった。
同盟国の国民とはいえ、戦場にはあまりにも不似合いなその存在に、シュナイダーは反射的にその身柄を確保していたのだ。
シュナイダーの待つテントに現れた藤堂と黒葉はそのまま席へと案内された。テーブルにはワイングラスが置かれ、いかにも温厚そうな顔の給仕がグラスにワインを注いでいた。二人は指揮官であるシュナイダーをよく冷えたワインのように冷ややかな目で見つめた。一方、ほろ酔い加減でお気に入りのワインを飲めるとあって、シュナイダーは普段は気にも止めない給仕の兵にも一言二言声を掛けていた。
「君、先ほどの赤ワインは実にうまかった。もしやあれはアルザス産かね?」
給仕は穏やかな笑みを浮かべて頷いただけだったが、それがその答えでもあった。シュナイダーは満足そうな顔になると、その顔を二人の日本人の方へと振り向けた。
「いつまでもそんなに硬くなっていないで、少しはくつろぎ給え。我々は同盟国人ではないか」
「よくもそんな台詞を吐ける。あれだけのことをしておいて」
隆俊が憎々しげに応じると、
「細かいことは気にしなさんな。もう過ぎた事だ。それよりも見たまえ、わが国の誇る名醸ワイン、シュタインベルガーだ。滅多に飲めない極上品だぞ」
とシュナイダーは気にも止めない。そのまま一気にグラスを傾けると、シュナイダーはそのさわやかな香りと甘味を含んだフルーティな味を心ゆくまで堪能した。
「うまい。実に美味い。君たちも飲み給え。今日で我々はお別れになる。日本風に言えば別れの杯と言ったところだ」
プリュムはシュナイダーが敢えて陽気な態度を装うことで、二人の警戒心を解こうとしているのが分かった。
「お別れ?我々を解放するのですか?それとも…」
二人はさらに警戒を強めた。最悪の場合処刑されるかもしれない。
「心配するな。我々は明日から作戦行動に入る。君たちにはトラックを一台くれてやるから、それで好きなところへ行きたまえ。ただ、それにはひとつだけ条件があるのだが…」
ワインを美味そうに飲み干すとシュナイダーは続けた。その言葉に二人は少しだけ安心した。
「いよいよ戦闘ですか?閣下、敵はどこまで来ているのですか」
そう言って探りを入れた黒葉真風だった。そんな彼女にシュナイダーは意外な言葉をもって応じた。
「本当の敵はまだ空の上、今頃はたぶん宇宙のどこかだろうな」
そっけなく、そしてあまりに予想外な回答に二人は言葉を失った。
「おいおい、そんなに驚くなよ。君たちだって知っているんだろう。百目のメンバーなんだから」
「百目?何だそれは。それと我々に一体何の関係がある」
真剣に答えたのは隆俊だった。一方の真風は密かに心の中で舌を出したが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。
「あきれたな。君達は本当に何も知らないのか…」
シュナイダーは本当に、心の底からあきれていた。それは今まで彼らを百目のメンバーか、もしくは石切場の賢人であると思い込んで、何とか情報を引き出そうとあれこれ手を尽くして来た自分のバカさ加減に対してでもあった。
「それでは情報交換といこう。私は君たちがここに来るまでに見て来た全ての物を知りたい。その代わりに、私はこれから戦おうとしている敵の事について君たちに教えよう。どうかね?」
真風は真剣な顔でシュナイダーに問い返した。
「私たちの見た何を知りたいのでしょうか?」
シュナイダーはその眼差しに思わず引き寄せられた。真剣さと輝くような美しい瞳に故郷に残してきた一人娘を一瞬思い出したのだ。
「フラウ真風、どうやら私は交渉相手を間違えていたようだ。私は君を隆俊君の秘書くらいにしか思っていなかったが、実質的なリーダーは君だったようだ。我々と行動を共にしている間、あなたがどれだけ兵のために働き、人気があったのかを私は知っている。だから、私は損得無しに知っている事を話そうと思う。これは交渉だ。君もそのつもりで臨んでもらいたい」
真風はグラスに注がれたワインをひと息に飲み干した。
「確かに美味しいお酒ですね」
テーブルにグラスを戻した真風はもう一度シュナイダーの瞳をしっかりと見据えた。
「それで、敵の正体とは?」
「火星人だよ」
シュナイダーの簡潔過ぎる返答を聞いて、副官のプリュムが思わず声を上げた。
「閣下、冗談にも程がありますぞ!」
「いや、その言葉はあながち間違いではないかもしれない。この5年間我々が見てきたのは、それがどうやって造られたか全く解らないようなモノばかりだった」
シュナイダーは隆俊の言葉にニヤリとした。
「やはりな」
「隆俊君、それでは私からもう一つだけ君に教えておこう。以前、確か金子とか言う百目のエージェントが探していた日本へ送るはずだった鉄鋼だが、それも向こうに見える物資集積所に山積みされている。それらは全て近いうちに例の火星人とやらに渡されるはずのものだ。明日、我々はそれらを奪い取るため戦闘を仕掛ける」
そう話すシュナイダーの瞳はこれまで以上に真剣さを帯びていた。考えるときのクセなのか、シュナダーの指がテーブルを叩く音が聞こえる。
「あの鉄鋼が元々誰の物だったかはともかくとして、全てこの地球で採れたものあることには変わりない。むざむざ火星人などにくれてやることはない。例えそれが本国の命令であったとしても。もっともその本国も、もう無くなってしまったがね」
「閣下!お言葉が過ぎますぞ」
怒声を上げたのはプリュムだった。
「プリュム君、現実は現実だよ。我が第三帝国は連合軍に敗北し、総統も自害された。だが、命令は生きている。しかし、いやだからこそ、私は命令を無視してでも独自の行動に出ようと言うのだ。あの山積みになっている物資を奪い取って商社でも始めようと思う。そうでもしなければ私の兵を喰わせていけん」
そう言ってシュナイダーは椅子の後ろから重そうなアタッシュケースを取り出した。二重三重にかかった鍵を開けると、シュナイダーは中から封書の束を無造作に取り出した。
「見たまえ、プリュム君。これは私に届けられた命令書の束だ。君達にも見てもらいたい。そして、この事実を記録に残して欲しいのだ。来るべき未来の人々に我々の行動の真意を知って貰うために。それが君たちを解放するにあたっての私の条件だ」 プリュムと隆俊たちはそれらの命令書にひと通り目を通した。暗号が解読されているとは言え、逐一命令が書面で届けられること自体異常な事でもある。そして、プリュムはある事に気づいた。ここに幕営して以来、命令書を届ける密使をプリュムは一度も目撃していないのだ。
そしてもう一点。命令の発信元がドイツ本国からツングースカ条約機構という聞き慣れない組織に変更されていた。
「諸君、見ての通りだ。栄えある我が第7独立部隊はいつの間にかツングースカ条約機構軍とかいうものに編入されてしまっている。我々はドイツ軍でありながらドイツ軍では無い物になっていたのだ。その上、これらの命令書には敵国である連合国との共闘すら想定されている」
シュナイダーは頭の後ろで手を組むと、大きくため息をついた。
「この世界は一体どうなっていることやら」
歴戦の老練な将軍にとっても、今の世界がどう動いているのか、それを理解するのは相当に難しい事であった。そしてただ戦いに勝つことだけを考えていれば良かった時と違って、ドイツ本国という後ろ盾を失ったことで、シュナイダーは部下の処遇や己の身の振り方にも心を砕かなければならなくなっていた。物資の略奪と運用はその事に対する答えでもあった。そうすれば少なくとも部下を失うことなく生活の糧を手に入れることが出来る。
「いずれにしろ、明日我々は行動を開始する。君たちは我々が戦う意味を後世の人々に伝えてくれ。そして混沌とした世界の闇を真実の光で照らしてくれたまえ」
「閣下、そのお話は本気でしょうか」
そう言って会話に入ってきたのは、先ほどまで給仕をしていた兵士だった。その言葉にシュナイダーはゆっくりと振り返った。 「ネズミはやはり君だったか。で、君の本当の所属はどこかね、アメリカか、もしや百目?いや、それとも石切り場の賢人か」 シュナイダーの問いかけに、給仕は答えた。
「私の名前はアラン・ポアン・アポアルージュ。百目フランス支部のエージェントです。閣下にその命令書をお届けしたのはこの私です。せっかくですから少しお話ししておきましょう。まず、ドイツ第三帝国は5月8日をもって連合国に敗北しております。しかしながらこの第7独立部隊はドイツ敗北以前にツングースカ条約機構軍に編入されておりますので、その命令に矛盾は発生しません」
そこまで聞くと、突然プリュムが銃を抜いた。
「いい加減なことを言うな。ドイツが負けるはずがない!それに貴様、百目だと!百目とは何なのだ、説明してみろ」
そう言うと、プリュムは給仕の頭に銃を突き付けた。
「閣下」と声を上げると、アランと名乗った給仕はこの場を諫めてくれるようシュナイダーに訴えた。シュナイダーがプリュムを諫めることはそう難しいことではない。
「やめたまえ」の一言で事は済む。しかしシュナイダーは敢えてそれをしなかった。
「アランとか言ったな。この場で名乗りを上げた以上、それなりの話を聞かせて貰えると判断して良いな」
それは今まで騙されて来た自分に対する怒りと、アランへの非難を込めた冷たい言葉でもあった。
「閣下が勝手な行動を取らず、私の届けた命令書に従ってくださると約束していただけるのなら」
ほんの数秒だけシュナイダーは返答を遅らせた。策略を練ったのだ。
話だけ聞いた後、もしこの男が邪魔になれば、その時はすぐに殺してしまえば良い。
アランはその数秒の沈黙が意味することに気付いていた。が、意に介することはなかった。自分の話を聞けばシュナイダーが命令に従わざるを得ないのは分かっていた。
結局の所その場でアランが殺されることはなかった。そして、シュナイダーら第7独立部隊が命令違反を犯すこともなかった。なぜなら、第7独立部隊に次の命令が下ったからである。
『第7独立部隊は明朝5時をもって、敵補給物資集積所を攻撃し、速やかにこれを占拠せしむること』

開戦の狼煙

翌早朝、シュナイダーは飛行機の爆音で目を覚ました。
テントから飛び出すと対空戦闘の準備にかかる当番兵があわただしく動き回っている。だが、彼らが発砲することはなかった。現れたのが友軍機だったからだ。両翼を振りながら低空をパスして行くその姿は久しぶりに見るルフトバッフェの機影だった。
「フォッケウルフ、でしょうか」
いつの間にかプリュムが隣に立っていた。
「いや、少し違うな。あれは開発中と聞いていたフォッケの海軍機型かもしれん」
双眼鏡を除きながらシュナイダーが答えた。
「日本からの技術供与があったというあれですか」
二人が話していると、そのフォッケが何かを投下した。それは通信筒であった。速やかに回収されたそれは間を置かずしてシュナイダーの元に届けられた。
その動きを見たシュナイダーは兵の質が予想したほど悪化していないことに安堵した。友軍とはいえ突然航空機が駐屯地の上空に侵入してきたのだ。それは少なからず兵に緊張感を与えた。自堕落になりつつあった兵の動きに機敏さが戻り、精気の失せかけていた瞳に光が蘇った。
「これなら戦える」
そう感じたのはプリュムも同じだった。そして通信筒の中身を見たシュナイダーは思わずにやりとした。
「第七独立部隊は明朝5時をもって、敵物資集積所を攻撃し、速やかにこれを占拠せよ」
シュナイダーは一読してプリュムにそれを渡した。読み終えたプリュムの口元も思わず緩んだ。
「これで命令違反を犯さなくてすみますね」
「よし、全軍に装備の点検と出撃の準備を命じよう」
VI号戦車−通称タイガーは最強の戦闘力を持っていたが、その稼働率は決して高いものではなかった。重量が重いため変速機や足回りにトラブルが出やすく、これまでの戦闘記録を見ても撃破されるより頓挫や燃料切れによって放棄されるケースが圧倒的に多かった。それはシュナイダーの部隊のタイガーも同じで、特にここ北アフリカでは砂漠の砂がベアリングや歯車の隙間に入って行動不能になる車両が続出していた。通常の車両では容易に牽引できないこの重戦車を移動させたのは、リーゼンパンツァーと呼ばれる人型をしたマシンだった。全高5mほどのサイズではあったがそのパワーはすさまじく、タイガーを難無く牽引することが可能だった。人間と同じ動きのできるこの兵器は「腕」という極めて使い勝手の良い操作系を持っており、戦場では非常に便利な「道具」として使われていた。だが実際のところは、これに乗り込む兵からの評判は決して高くなかった。「異常に疲れる」というのがその理由だった。それゆえシュナイダーは稼働率という点ではこの人型重機にある程度信頼を置いていたが、いざ戦闘と言うときにはやはりタイガーとその発展型であるポルシェタイガーに戦力の中心を担わせようと考えていた。だがその考えが後の戦局に大きな影響を与える事になるとは、この時誰も気付いてはいなかった。
戦車100両、人型重機20両、自走砲6両、その他全ての戦闘車両が戦闘に向けての準備を終えていた。
偵察に向かった部隊からは刻々と変わる敵地の状況が伝えられて来た。貨物船への荷物の積み込みが始まったのだ。シュナイダーとプリュムは出撃を待つ部隊を視察しながら考えた。
「出撃はいつでも可能です。後はいつ賽(サイ)を投げるか、ですが」
「うむ、それは賭場の席にいつ客が座るかだ。だがこの砂だ、あまり間を置くとまた整備を一からやり直す事になる。そうなればせっかく上がった兵の士気もまた下がってしまう。その前に敵も動くはずだが」
そのとき、周囲がざわめき始めた。そこここで兵が空を見上げている。見ると雲ひとつない空が徐々に暗くなり始めていた。
「なんだ、日蝕か?」
すると司令部付の兵があわててシュナイダー達を呼びに来た。
 司令部に戻った二人が見たのは偵察隊が撮影したフィルムだった。そこには太陽を横切る巨大な影が映っていた。
明らかに日蝕ではない。シュナイダーは即座に悟った、これが敵だと。
「あの影の大きさがどれ程のものか分かるかね?」
それは誰にともなく問いかけた言葉だった。だがその答えがわかる者はひとりとしていない。やや時を置いて、場の空気を察してか偵察隊の隊長が小声で答えた。
「測量ができないので正確な大きさ分かりませんが、とにかく巨大です」
太陽を遮る程の大きさ。これがもし本当に自分達が戦う敵であったら、手持ちの戦力だけで何とかなるものなのか。ここはひとつあれに関する情報が欲しいところだ。例のフランス人−アランであれば何か知っているかもしれない。シュナイダーは先程アラン達を解放してしまったことを後悔した。
「プリュム君、全く持ってご苦労なのだが、今しがた解放したあのフランス人達を呼び戻してくれたまえ」
プリュムも司令官の言わんとすることをすぐさま悟ると、テントの外に止めてあったキューベルワーゲンに乗ってアランたちのトラックを追って走り出した。

逃避行

隆俊、真風( まかぜ )そしてアラン。三人の乗ったトラックは道とも言えない道をフランスに向けて走り続けた。
「燃料は満タンだし、方角も分かるが、砂漠のど真ん中で故障でもしたら厄介だね」
ハンドルを握り一人ごちたのは隆俊だった。
「心配するより産むが易しだよ。君の国のことわざだったかね」
助手席に座ったアランが答えた。
「あなたは残らなくて良かったのですか?今まで一緒に戦って来た仲間と別れて」
後部座席から身を乗り出した真風がアランの顔を覗き込んだ。
「私の故国はフランスだよ。任務が終了した以上、ドイツ人なんぞと一緒にいる理由はない。それにドイツワインをサービスするのはもう飽きた。戦後はボルドーかブルゴーニュに葡萄畑でも買うことにするさ」
感傷など微塵も感じさせずに答えられるのは彼がスパイであるからか。それともそれがアランの本性なのだろうか。 「そうですか、私は残れば良かったかなと少し思っています。彼らはみな優しい人たちでしたわ。私、日本ではあんなにやさしくしてもらったことなんてありませんでしたから」
「真風さん、俺は目的を果たしたから国に帰って自分の責務を果たすことにするが、もし君が残るのなら、会社には俺の方から上手く話しておいても良いが…」
だがそれは隆俊の本心ではなかった。少し寂しさを含んだ声でそれはアランにも気づかれていた。
「一つ忠告しておく。今君達は日本に戻らないほうが良い」
アランは続けた。
「もうすぐ日本もこの戦争に負ける。それで今回の世界大戦は終わりだ。そうなれば日本がどうなってしまうか、正直誰にも分からんよ」
だが隆俊が即座に反論した。
「神国日本が負けるはずが無い!」
それは日本人なら誰でも持っている幻想であった。
「始めから決まっていたことだ。枢軸国の敗戦と連合国の勝利はね」
「なんだよそれは!百目のメンバーだから知っている事なのかよ」
「そう、その通りだ。ツングースカ協定によって全ては初めから決まっていたのだ。連合国の勝利とその見返りとしての枢軸国の宇宙進出。だから枢軸国は全ての戦力を世界大戦に投入することなく温存した。そうしなければ連合国に勝利することも可能だったにもかかわらず」
「意味が解らない。仮にそうだとしても、それで枢軸側に一体どんなメリットがあるんだ。宇宙へ出る?そんな夢のようなことが出来るわけが無い。この戦争で一体何十万、いや何百万の人間が死んだと思っている。そんな与太話で死者を愚弄するな!」
隆俊は思わず怒りをぶちまけた。
「死んでいった者達には心から同情申し上げる。しかしながら現実とはそう言うものです。全ては未来のため、これから生まれてくる子孫のため、全ては仕組まれた計画なのです。それがツングースカ協定です」
あくまでも人ごとのように、アランは淡々と言葉を続けた。
「いずれこの地球は、人口の爆発的増加によって食料や燃料が決定的に不足します。それを補うために我々は宇宙の資源に目を付けた。島国である日本ならそれは深刻な問題のはずです。だからこそ、あなたの国は積極的に宇宙を目指した。そうではありませんか?」
「戦争による犠牲も計算の内か」
隆俊の言葉を聞いてアランは初めてにやりとした。
「ウィ。もちろん計算しているでしょう。それが為政者の務めですから。しかしそれもここまでです。実質的に国力の落ちた枢軸国に代わって、今度は連合国が宇宙の権益を主張し始めるはず」
「では日本やドイツの犠牲は無駄だったのですか。あのドイツ軍の人達はその宇宙から来た巨人達とこれから戦争をするのですよ。今ならまだ間に合います。戻りましょう、アランさん。あなたの知っている事を全部あの人達に話してください。そして戦闘を止めるよう説得して下さい」
「そうはいかないのですよ、マドモアゼル真風。それはチベットやトルコで遺跡を見て来たあなた達なら解るはずです。これは戦争なのです。彼らは−ドイツ第7独立部隊はこれから火星人との戦争に臨みます。そして勝利すること。それこそが彼らが生き残る唯一の道です。人類は愚かな生き物です。すべての国が協力して火星人と戦えばこれに勝利する事も出来たはず。しかし決してそうはしない。人類が滅ぶかも知れない時でさえ、どの国も自国さえ良ければそれで良いと考える。極めて利己的で偏狭な考えです。だがこれが現実なのです。我々一個人の力ではどうすることもできない。所詮一人一人の力など微々たるものです。おとなしく成り行きに任せる事。そうすればあなたも楽に生きられるはずですよ、きっと」
そう言ってアランは苦笑を浮かべた。
「アランさん、それは違うと思います。国家も一人ひとり個人の集まり。多くの意思が集まれば必ず変えることが出来るはずです」
「甘い!甘いですな。大甘ですよ」
そう言うと、アランは再び感情の読めない顔に戻った。
「戻ります!」
隆俊はそう言うと大きくハンドルを切った。トラックは砂を食みながら、もと来た道を引き返し始めた。隆俊は砂漠には珍しく遠くの地平線に暗雲が立ち込めるのを一瞬見たような気がした。だがそんな隆俊の後ろでは、その身を後部座席に沈めたまま不敵な笑みを浮かべる黒葉真風の姿があった。

口伝追跡 回想 T

戦場へと引き返すトラックの中、隆俊はアランに自分達が廻って来た遺跡の話をし始めた。それは昨夜のシュナイダーとの交渉で、こちらの切り札として切った話でもあった。

隆俊はモンゴルを立つと最終的な目的地をアフリカとして、途中チベットとトルコに立ち寄る事にした。驚いたことに旅の準備は真風がほぼ一人でやってのけた。彼女は次の宿場町までに必要な食糧や現地の地図、それに移動手段の馬などあらゆる物を段取りよく手配してのけた。彼女にとってそれは普段通りの手慣れた仕事であったのだが、隆俊にはその手際の良さが彼女だけが持つ特殊能力のように思えた。それはなまじ軍隊経験を積んだからこそ解かる「凄さ」でもあった。命令とは言え一介の雇われ人がここまで完璧な「仕事」をし、尚かつ命がけの冒険に付き合う事など出来るのだろうか。隆俊は真風の正体を真剣に怪しんだ。だが彼女の準備がなければチベットに至る冬山を生きて越えることなど到底出来はしない。隆俊はわずかに膨らんだ疑問を呑み込んだまま真風との旅を続ける事にした。
チベットはラサ、ポタラ宮の地下深くに隆俊の目指す最初の目的地はあった。7世紀、中国からソンツエンガンポ王の下に嫁いだ文成公主によって建立されたトウルナン寺、その遺跡を増補、拡充する形でダライラマ5世が建築したポタラ宮。隆俊の目的はそのトウルナン寺の地下に隠された「あるもの」を確認する事にあった。
なぜ、冷泉院家の口伝に7世紀のチベットの事が語られているのか。それはどうやって伝わったのか。平安時代に大陸から来た渡来人が伝えたものなのか、それともそれ以外の何者かが伝えたのか。いずれにしろ謎は深い。しかしその謎を解く事こそが人類の未来を救う鍵になるかもしれない。隆俊はそう信じていた。
問題は宮殿へと入り込む方法だった。仮にも一宗教の総本山。そしてチベットと言う「国家」の中枢である。日本から来た一介の旅行者が簡単に入り込めるはずがない。だが目的は是が非でも果たさなければならない。それは隆俊に同行する真風にとっても同じだった。冷泉院家の口伝の秘密を探る。それは真風にとっても組織から与えられた使命であったのだ。隆俊の仕事を支援することはその目的を達成するための手段に過ぎない。だが、いつものようなやり方で強引に宮殿に入り込めば、自分がスパイであることを隆俊に知られてしまう。そうなればこれ以降隆俊の旅に付き添うことが難しくなる。少なくとも自らの正体を明かさなくてはならなくなるだろう。財閥の派遣した護衛などという嘘がいつまでも通用するとは思えない。思案のしどころだった。
だが、真風のそんな思案は無駄に終わった。意外にも隆俊の活躍によって、いや正確には隆俊の背後にある冷泉院財閥の力によって宮殿への入場が簡単に許可されたのだ。即ち、財閥による資金援助の確約である。加えてチベットと日本の間に良好な関係が出来つつあったことも良い影響を与えていた。河口慧海(かわぐちえかい)の二度に及ぶ訪問、西本願寺の大谷尊由が日本が仏教国であることをダライラマ13世に説いた事。また在北京大使の林権助による歓待なども大きく影響していた。そこには祖国の独立を維持したいチベットが日本の援助を期待していたという側面もあった。
隆俊達はダライラマ14世への謁見こそ叶わなかったが、宮殿内部、それも非開放の場所に入る許可を得る事が出来た。思いがけない厚遇の裏にはそれなりの人物が関与している事も当然疑われた。だが隆俊にはそんなことはどうでも良かった。チャンスは最大限に生かす、それだけだ。
案内された先は罪人を処刑するための部屋−通称「サソリ牢」の地下にあった。サソリ牢の中には無数の生きたサソリが蠢いていた。こんなところに閉じ込められれば、どんなに気を付けていてもいずれは刺されて死を迎えることになる。案内人は無造作にサソリを踏み潰して歩いていたが、隆俊はおっかなびっくりだった。一番最後を歩く真風は器用にサソリを避けながらついて来ていた。
案内人はなまりのある北京語で
「ここに来た日本人はあんたらで二番目だ」
と告げた。
隆俊と真風は顔を見合わせた。こんな所まで日本人がそう簡単に来れるとは思えない。
「明石平八郎とかいう名前だったかな。大男でいつもにこにこしてましたが、さすがにここを下るときは緊張していましたなぁ」
そう言うと男はすたすたと歩き続けた。
サソリ牢を通り抜けた突き当たりに鍵の付いた大きな扉があった。扉を開けるとその先はどこまで続くか分からない急な階段になっていた。
「気を付けてくだあさい。サソリもいますが、ところどころ崩れかけてますんで。落ちたらまず助かりませんわ」
たいまつのわずかな明かりのせいか階段は奈落の底まで続いているように見えていた。
どれくらい下っただろう、階段の行き着いた先で3人は割と広めな部屋にたどり着いた。
「隆俊様、ここは一体なんなのでしょう。今まで何もお聞きせずにお供して参りましたが、さすがにこれは気になります」
そういって真風が指さした先には一体の巨人が転がっていた。正確に言えばそれは巨人の「死体」だった。仰向けに横たわったその頭部には角の様な突起が二本生えている。腹は大きく裂かれており、巨大な四肢はほとんど千切れかけていた。
「貯蔵庫というか倉庫というか、ここはコイツを封印した(ほこら)なのでしょう。あれはいわゆる鬼と言われる物です。我が家の口伝では、黄泉の国から来た鬼がこの地に眠っているとあります。これで我が家の口伝が事実に基づいたものである事が証明されました。こいつは恐らく(いにしえ)の戦の残滓です。我々の祖先が撃退したと言われる敵の兵器だと思われます」
案内人は隆俊の話を気にすることなく、おもむろに「鬼」の死体に近づいて行った。そしてポケットからナイフを取出すと、腹からこぼれだしていた白い繊維状の物質を切り取って隆俊の目の前に突き出した。
「何なのですか?それは一体」
声を上げたのは真風だった。
「こりゃあ鬼の筋肉みたいなもんです。あっしはこいつを隆俊様に渡せと言われてるんでさあ。以前来た例の明石とか言う男から」
それこそが真風の欲している物−組織から確実に手に入れるよう指示されている古代の人工筋肉−その物であった。だがそれを受け取ったのは当然の事ながら隆俊である。だが当の隆俊はそれを受け取ると思わず顔を歪めてしまった。臭いのだ。ナイフからこぼれ落ちそうなそれは明らかに腐りかけていた。
「この国ではそれを完全な状態で保存することは出来ませんでした」
三人の背後から綺麗な北京語が聞こえてきた。
「これほど巨大な宮殿を築いて、地下深くに専用の低温室を設えましたが、それももう限界です。そしてそれを分析する能力も我々は持ち合わせていません。隆俊様がこれを日本に持ち帰って、我々が果たせなかった事をどうか成し遂げて下さい」
振り返ると明らかに位が高いと思われる一人の僧が立っていた。眼鏡をかけ柔和な笑みを浮かべたその顔立ちにはどことなく高貴な雰囲気が漂っていた。
真風は激しく動揺した。決して警戒を怠っていた訳ではなかった。むしろ明かりが少ない分普段以上に周囲を警戒していた。にも関わらず何の気配も感じさせないまま、ここまで接近を許すとは。この老僧、只者ではない。
「御嬢さん、そんなに警戒することはない」
老僧は真風の心をあっさり読み取っていた。返事をしたのは隆俊だった。
「私は藤堂、いえ冷泉院隆俊と申します。この品、ありがたく頂戴いたします。そして帰国の暁には先程ご提示した約束は必ず果たさせて頂きます」
真摯な態度かつ元華族らしい気品をもった応答に、だが老僧は意外な言葉を返した。
「ははっ、そう固く考えず。これは初めから貴方様にお渡しする事になっていたものです。それに、おそらく貴方のそのご提案は果たされることはありますまい。この国はいずれ…、いえ、何でもありません」
老僧は明らかに何かを隠しているような素振りを見せたがすぐに言葉を続けた。隆俊は老僧の素振りを問いただす機会を失ってしまった。
「貴方の家に伝わる口伝とほぼ同じ話がこの寺には伝わっております。貴方は次にトルコのアララト山かアフリカのタッシリを目指すのではありませんかな」
さすがに隆俊は驚いた。次の目的地については真風にも話をしていなかったのだ。
「御坊はなぜご存じなのですか」
隆俊の問いに老僧は再び笑みを浮かべた。
「我々人間は今でこそいくつもの民族いくつもの国家、宗教に分かれておりますが、元々の根本は全て同じです。歴史の長い流れの中で枝分かれし再び交わり、そしてまた分かれて行く。その過程でこの地とあなたの家は繋がっているのです。それは運命と言っても良いのでしょう。貴方、もしくは係累がここに来ることは最初から運命づけられていたのです」
隆俊と真風には老僧が何を言いたいのかが理解出来なかった。
「拙僧の申し上げたことを理解できないのは当然です。ですが貴方がたはその成すべきことをなさいなさい。特に御嬢さん、貴方はその心と素直に向き合って行動なさるが良い」
真風は冷や汗を通り越して脂汗をかいていた。老僧には彼女の正体も目的も見透かされているのだ。真風はそれを悟り恐怖した。そして任務に忠実でありながら、その実隆俊との行動に楽しさを感じ始めている己の姿を指摘されている事に驚かされた。
動揺を隠せない真風をよそに、老僧はひとり巨人の回りを歩き始めた。
「これは先の大戦で我々が倒した敵の残滓です。過去はともかく現代の人々がこれから学ぶことは少なくありません。特に今お渡しした繊維状の物は貴方の国で開発が進む兵器の役に立つはずです。もっともそれはそのサンプルを再生産出来ればの話ですが。それが可能なのは今のところドイツ、アメリカ、日本の三カ国くらいでしょう」
そう言うと老僧は一度咳払いをした。
「少し話し過ぎました。多少ですが上に食事を用意しました。皆様のお口に合えば良いのですが」
そう言うと老僧はもと来た暗闇に消えていった。歩いて去ったと思われたが、またしても気配は一切感じられなかった。それを見て真風は再び戦慄を覚えた。彼女の知るどんな武道の達人にもあれほど見事に気配を消せる者は存在しなかった。

回想 II 口伝追跡

ラサを出発する朝は雲一つない快晴になった。チベットの山々には朝から群青の空が広がっていた。それはまるで隆俊と真風の新しい旅立ちを祝福しているかのようだった。
トルコへと至る道のりはこれまでよりも遥かに困難になることが予想された。と言うのも、そこには古代より旅人の往来を阻み続けてきた天山山脈がそびえていたからだ。隆俊達がトルコに辿り着くためには、どうしてもこの嶺を越えなければならない。だがそれにはそれなりの知識を持った専門家の同行が必要だった。さすがの真風も日本から遠く離れたこのチベットで、すぐにそれを手配することは出来ない。だが幸いにしてポタラ宮側がそれを提供してくれた。グルカである。彼らの助けがなければ隆俊は天山の雪山を越えられなかった。加えて言えば真風の助けがなければこのチベットにたどり着くのも難しかっただろう。隆俊は自分の力のなさ思い知った。だが同時に人の力を借りる大事さにも気付かされた。
トルコに入ると隆俊と真風の案内役は現地のクルド族に引き継がれた。クルド族はアララト山周辺に住む少数民族である。グルカからクルドへ。隆俊達のサポートは山の民から山の民へと引き継がれた。


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トルコに入った隆俊はアララト山周辺に点在する「船型地形」を目指した。この地方独特のそれは、そのあまりの巨大さから上空からしか確認できない不思議な地形だった。口伝の中ではこの地に「星を往く船」が眠っているとあった。空想科学小説の中ではあり得てもそんな物がもちろん現実にあり得る筈がない。しかしチベットでは口伝の伝える鬼の死骸が確かに存在した。であるのなら、この地にも口伝の伝える「船」があってもおかしくはない。隆俊の地道な調査が始まった。
半年ほどの後、隆俊はついにそれを発見した。結果として、点在する船型地形の全てにそれは存在した。だがそれらはどれも土に埋もれており、地表には一切その姿を現していなかった。だがその中に唯一クレバスから覗き込めるものがあった。それは明らかに「船」の形をしていたが、船体中央には翼のようなものが生えていた。
「天の鳥船…」
鳥のようなその姿を見て、真風が呟いた。それは日本神話に登場する神々の船の名前だった。それにしてもこの「船」の放つ異常なオーラは何だろう。曲がりなりにも軍属である隆俊はすぐその正体に気付いた。
「これは、おそらく兵器だ」
例え外観が同じであっても、軍用として作られた物は独特の雰囲気を持っている。戦うことを意識して作られたそれには「戦う覚悟」が詰まっているのだ。それは見る者を圧倒し、独特のオーラを放つ。隆俊の見た「船」には明らかにその覚悟が詰まっていた。良く見ると船体の至る所に何かが擦れたような跡や砲弾の突き抜けた穴がある。この「船」はかつてこの地で戦いに敗れ、クレバスの底に不時着したのだ。船体の周りにはミイラ化して凍りついた死体も転がっていた。
「私たちのお爺さん、そのまたお爺さん、さらにそのお爺さん、ずっとずっと昔のお爺さん、昔からここにありました」
クルド族の一人が呟いた。冷泉院家の口伝には多くの「船」が神と戦ってここに墜ちたとある。しかし一体どうやったらこんな巨大で重たいものを空に浮かべる事が出来るのだろうか?今の航空力学の延長で出来る事とは到底思えない。古代の人々は現在の我々が持っていない何か違う技術を持っていたのだろうか。だが、そんな超技術をもってしても彼らは戦いに敗れたのだ。
「これは…勝てない」
隆俊は悟った。今、世界中のあらゆる技術や叡智を集めたとしても、今ここにある船を造る事は出来ない。だがもし仮に造れたとしても、これを墜とした神とやらにはやはり勝てないのだ。隆俊はあらためて決意した。
「敵の正体を知らなければならない」
隆俊は最後の目的地「タッシリ」へとその足を向けた。そこには口伝の伝える「神の国―永遠の箱舟」があるはずだった。


戦場へと引き返すトラックの中、隆俊はこれまでの経緯をアランに語って聞かせた。
「ふむ、どうやら君たちは明石大佐と同じものを見たようだね」
「明石大佐とは?」
隆俊が聞き返した。一瞬後部座席に座っていた真風の視線がアランに向く。
「知らんのか?百目の創設者で、地球人類を救おうとしている人物だ。まぁ私としてはそんな事、どうでもいい話だがね」
「アランさん、あなたは何故そんなに()ねているのですか?」
真風はアランの身の上に起きたことを当然知らなかった。だが、アランの態度には人生への絶望や諦めといったようなものが感じられていた。真風は隆俊以上にそのことを強く感じていた。真風とてその生い立ちにそれほど変わりはないのだ。隆俊に貼り付き、冷泉院家の口伝を探るという任務がなければ、彼女もまた人生に何の目的も見出すことのできない境遇にあった。それを思い真風はアランに多少の親近感を覚えた。
だが、そんな真風を無視してアランは言葉を続けた。
「彼を知り、己を知れば百戦して危うからず。君たちの国の思想家の言葉だったかな。明石は敵の姿を知るために旅を続けたのだよ」
すかさず真風が口をはさむ。
「それは孫子の、中国の兵書にある言葉です。一つ疑問があるのですが、なぜ明石大佐という人はあれらのモノを知っていたのでしょうか?」
真風の質問には何らかの意図があるように思われた。だが隆俊がそれに気付いた様子はなかった。
「それは自分も知りたい。アララト山で見た船の周りには明らかに人間の死体が転がっていた。あれは古代の戦いで敗れた兵士の死体ではないのか?」
だがアランはそんな隆俊に向かって逆に質問を被せてきた。
「その君の家の口伝とやらにその答えはないのかね?」
「……」
しばらくの沈黙の後、隆俊がゆっくりと話し始めた。
「…荒ぶる神『災星(わざわいぼし)』より来たる…。災星とは炎星とも云われる。それは古代の言葉で火星を指すものだ。そこから来た神様が暴れ放題暴れて、我々の祖先がそれを戦って倒した…。その時の死骸がチベットに、一方の墜とされた船がトルコにあったと言う訳か。口伝は今のアフリカに神そのものがあると伝えている。…しかし明石大佐はなぜその事を知っていたのだろう。アランさん、大佐は私の家に何か関わりのある人物なのでしょうか?」
「明石がなぜチベットやトルコの事を知っていたのか、そんなことは我々下っ端が知ることではない。日本軍における彼の位置付けももちろん知らない。私が知っているのは明石が我々百目を総括している、その事実だけだ。後は自分の眼で見て確かめたまえ」
ここまで話したところで三人はシュナイダーの待つ駐屯地にたどり着いた。隆俊がアランとこの話の続きをする機会は、その後二度と訪れることはなかった。

信濃航海

出航して2ヶ月。信濃の航海は順調だった。操艦の習熟度は今ひとつだったが、通常の航海には問題のないところまで兵達の練度も上がって来ていた。主砲の試射も終わり、この艦が戦える状態であることも証明された。金大佐率いる陸戦隊も人型重機と連携が取れるようにまでなり、徐々にではあるが戦いの準備は整いつつあった。だが一方で、艦の要である原子力機関に関しては未だ調整に手間取っている状況でもあった。
習熟が進む、と言う事は戦闘の時が近づいている事を意味する。戦闘艦橋前面に据えられたドーム状の「新兵器」を見つめながら田代はひとり物思いにふけていた。
「おそらく今の状況でもそれなりの戦闘は出来る。しかし、攻撃を受けた際のダメージコントロールはどうする。日々訓練は積まれているがこれだけの巨艦だ、そう簡単に事が運ぶとは思えない」
田代はふと、同期だった「空母信濃」艦長−阿部の事を思い出した。敵の目を欺くためとは言え、満足な偽装も施されないまま「信濃」はあっけなく沈んでいった。敵潜の攻撃を受けた時、新入りの乗組員はみな右往左往していたに違いない。だがそれはこの「航空戦艦信濃」とて同じこと。程度の差こそあれ訓練が足りないのはあの時の阿部と変わりはない。そんな中で、果たして自分はどれだけの働きが出来るのだろうか。敵の正体はおろかこの作戦の目的すらよく知らされていないのだ。だがそれでも乗組員たちの命は守らなければならない。田代に託された責任は重かった。作戦海域到着まであと数日。計画では同盟国軍の艦隊も間もなく当該海域に到着するはずだった。
だがその時、空が急に陰り出した。艦橋から見る限り空には雲ひとつ浮かんでいない。日蝕か?いやそんな報告は無かった。一体何が起きているのか?疑問を抱く田代の胸にムカムカとする何やら嫌な気分がこみ上げてきた。
「何かが近づいている」
歴戦をくぐり抜けた者だけが持つ直感が田代に重大な事実が起きつつある事を告げていた。
奴らが来たのだ、と。

ドイツ艦隊

「まるで幽閉だな」
故国を遠く離れた南極の地で、かつて皇帝(ツァーリ)と呼ばれた男がつぶやいた。
一族の命は保証する、それが従兄弟との約束だった。確かに約束は守られた。国を逃げ出してから半年、かつての敵国−ドイツ皇帝に匿われる形で彼らは何とかこの地に辿り着いた。あれから四半世紀、その間、最低限食べることだけは困らなかった。そういう意味では約束は完全に守られたと言える。だが、それだけだった。ここには鉄と血の臭いしかなかった。皇帝時代の華やかな生活はここにはない。それどころか、ここには生き甲斐と言う物が一切存在しなかった。この糞のような生活の為にロマノフ王家が支払った代償は大きかった。身代わりとなった親戚一家。そしてロマノフ家が代々受け継いできたロシア帝国の財宝。それら全てを手放したのだ。ツァーリは途方に暮れていた。
列強に先駆けていち早く南極開発に乗り出したドイツ第三帝国は、第二次世界大戦前夜の段階で既にこの地に一大軍事拠点を築き上げていた。ツァーリがこの地に来て27年、ようやくここを離れる時が来た。だがそれは安住の地への旅立ちではなかった。戦場へと赴くのだ。しかしそれは彼にとってある意味心の安住を求める旅になるかもしれなかった。自らの終着地を探す旅に。
皇帝はつねづね自分たちの身代わりになった親戚一家の事を思い悩んでいた。
「つくづく悪いことをした…」
その思いがツァーリをして戦場に赴く事を決意させたのかもしれない。せめてもの罪滅ぼしのために。
「戦場で死ぬのも良いかもしれない」
それはこの男特有のロマンティシズムだった。
もっとも彼の乗艦は全ての兵にとってやっかい事以外の何ものでもなかった。
こうして空母グラーフツェッペリンと戦艦フリードリヒデアグラッセは「未知の敵」と戦うべく、かつてロシア皇帝と呼ばれた男、ニコライ二世を乗せて南極の地下ドックを後にしたのだった。

友軍

フォッケウルフTa152J。
ドイツの誇る名戦闘機フォッケウルフFw190。その最終生産型がTa152シリーズである。艦載機を持たないドイツ空軍が空母での運用を考えて生産したJ型は同盟国日本の技術供与を受けて完成した。空母での運用に耐えられる強靭な機体構造、低空での出力を高めた空冷式のハ−四三発動機、そして構造を強化した分重くなった機体を軽量化させるために外板には住友金属の「超々ジェラルミン」が採用されていた。
ドイツ初の正規空母「グラーフツェッペリン」に搭載された機数は40機。つまり搭載可能機全てをこの機体としていた。
ドイツ艦隊が会戦予定海域に到着したとき、敵−正確には敵と想定される相手−の動きは既に始まっていた。偵察のためグラーフツェッペリンを発艦したハインツ中尉はアフリカ東岸に設置された敵の物資集積所を見てその大きさに愕然とした。地平線まで続く広大な敷地には無数の人や自動車が慌ただしく行き交っている。沖合いに停泊している輸送船の数も優に100隻以上はありそうだ。だが幸い周囲に敵機の姿は見当たらなかった。ハインツはどこまでも続く集積場を横目に見ながらしばらく海岸線を北上すると、今度は機首を内陸の方へと向けた。情報では近くまで友軍が進出してきているはずだった。シュナイダー准将率いる第7独立部隊。かのロンメル将軍からDAK(ドイツアフリカ軍団)を引き継いだ部隊の末裔だと言われている。彼らに命令書を届けるのもハインツの任務であった。
「友軍の姿を見るなんて一体何年振りだろう」
そう思って気が緩んだのか、ハインツは単独飛行なのを良いことにこの新型機の性能を少し試してみたくなった。敵機の姿は相変わらずどこにもない。チャンスは今しかなさそうだ。
スロットルを一気に開けると機首のエンジンが瞬く間に彷徨した。ダッシュ力は正直以前乗っていたフォッケのA型程ではなかったが、湧き上がるような速度の伸びが尋常ではない。650kmを超えてもその勢いは一向に止まる気配がなかった。
「さすがは2200馬力級エンジンってとこか。だがここまでならユモエンジンのD型とそれほど変わりはないかな」
日本製のエンジンに懐疑的だったハインツはその性能を素直に認めはしなかった。
「運動性能はどうだ?イギリスのスピットに負けない旋回性能がなければ実際の空戦には勝てないぞ」
それは自戒を込めた呟きだった。ハインツはかつての「英国の戦い」(バトルオブブリテン)で宿敵スピットファイヤーに撃墜されたことがあったのだ。
機首をやや突っ込んで速度を上げる。そのまま速度を落とさず一気に左垂直旋回。強烈なGで徐々に視界が狭まるがそれでも操縦桿を引き続ける。180°…270°…360°。ちょうど一回転したところで今度は機を背面飛行に移行させてそのまま鋭く急降下。機速が800kmを超えたところで一気に引き起こしながら強引に右旋回へと持ち込む。それは機体に掛かる負荷の大きさから通常は禁止されている飛行であった。機体が激しく軋む。右翼に切り裂かれた空気が塊となって左翼上面にぶつかるのが分かる。翼に掛かる圧力で補助翼が今にも引きちぎられそうだ。強烈なタテGで意識を失いかけながらもハインツはゆっくりと操縦桿を戻して機を水平飛行へと戻して行った。「ふぅー」とここで大きく深呼吸。次の瞬間ハインツは身体の奥から熱い感情がこみ上げてくるのを感じた。 「なんて事だ。こいつの運動性能はスピット、いや噂に聞くムスタングをも凌ぐかも知れない。コイツは本当にフォッケなのか?全く別の機体を操縦しているような気分だ」
ハインツは先程とは一転、今度は素直に感心していた。いや感動していると言っても良かった。それ程『速くてよく曲がるドイツ機』と言う存在が衝撃的だったのだ。だがそんな驚きに満ちた幸せな時間はそう長くは続かなかった。すぐ近くに友軍のキャンプ地が現れたのだ。眼下には見覚えのあるY号戦車が並んでいる。ハインツは確認のため機を低空へ侵入させた。このJ型は低速、低高度でもその運動性能が落ちることはない。
「こいつならどんな敵機とやっても勝てる気がする」
ハインツはこの新型機にすっかり惚れ込んでいた。
地上では対空砲陣地に向かう兵の姿が見えていた。どうやらこちらを敵機だと思っているらしい。兵たちの動きは上空からでも分かる程極めて迅速だった。目の前の20o銃座などは既にこちらに照準を合わせている。まずいことになった。いくら友軍の上空とは言え味方に撃たれて墜ちるなんてまっぴらゴメンだ。ハインツはあわてて機を上昇させると、左右の翼を上下に振った。バンクを打って友軍であることをアピールしたのだ。
「見慣れない機だから仕方ないが、翼のバルケンクロイツが見えるだろうに」
一旦上空をパスして大きく旋回すると、今度は速度をギリギリまで落として再度侵入を試みた。攻撃されないことを確認するとハインツは風防を少しスライドさせて命令書の入った通信筒を放り投げた。任務を終えたハインツは右に左に機を揺らしながら発進した空母へと帰って行った。
その飛行を地上から見つめる者があった。アラン・ポアン・アポアルージュと隆俊たちの一行だった。彼らはドイツ軍から譲り受けたトラックでアフリカからの脱出を試みていたのだ。荷台には燃料と食料が大量に積み込まれていた。それは欧州へ行くだけにしては多すぎる量だったが、欧州を移動する際の賄賂に使えと言うシュナイダーからの心遣いでもあった。出発に際してアランはドイツ軍の軍服を脱ぎ捨てていた。正体がバレた以上着たくも無い軍服をこれ以上着るつもりは無いと言うことだったのだろう。もっともこの先その軍服を着ていればどんな目に合わされるかは容易に想像が付く事でもあったのだが。

そしてそれはやってきた。太陽を覆い隠すほど巨大なあれが。
一体どの様な言葉でそれを表現すべきか、プリュムには全く考えが浮かばなかった。
円筒を巨大にしたような、葉巻のような棒状の物体。その表面には小さな突起や凹凸が無数に並んでいた。それが徐々に大きくなる。近づいて来ているのだ。頭では理解できるが、そのあまりにも常識外の風景に全く実感が伴わない。それはシュナイダーや他の兵たちも同じだった。皆その景色に目を奪われて、誰ひとり対空射撃の準備すらしようとしない。
そこへ部隊を離れたはずの隆俊たちが戻ってきた。呼び戻そうとしていたところへの帰還であったので、手間が省けたことにプリュムは素直に感謝した。そして何よりもありがたかったのは、帰ってきた彼らが兵の看護を申し出てくれたことだった。この異常な事態を考えれば、想定していた以上の傷病者が出ることは目に見えている。手持ちの医療スタッフ以外に人が入ってくれることは大変ありがたいことだった。そして、敵の情報を知っているであろうアランが戻ってくれたことには期待が持てた。もっとも彼がドイツの軍服を着ていないことにはやや思うところはあったのだが。
実際のところ二人はよく働いた。特に元々男所帯で色気の無かった部隊に、紅一点の真風が来たことは大きかった。
「真風さーん、こっちにもパンをくれよー」
「こっちが先だー」
軍の規律も何も無くはしゃぐ者が続出した。一方の真風も笑顔を振り撒きながらもてきぱきと動き回った。忙しく立ち働く中で、真風は今の姿が本当の自分なのではないかと密かに感じていた。本来の任務を果たすためにドイツ軍の捕虜にはなったが、今、兵たちに尽くして働く自分に気づいて彼女は心ならずも喜びを覚えていた。己の利益ではなく、人の為に働く無償の奉仕。そこに自身の生きる道があるのではないかと感じ始めていたのだ。しかしその思いを貫くのは叶わぬことだった。任務を放棄することはそのまま死を意味する。組織を抜けることも裏切ることも決して許されない。それが「忍び」という雇われの諜報員の宿命だったのだ。
太陽を隠し、空を暗黒に染めたその葉巻状の物体は徐々に高度を落とすとそのまま海へと着水しようとしていた。あまりにも大き過ぎてその大きさを推し測れる者は誰もいない。ただ解かるのはそれが島のように巨大だということだった。その光景を見てシュナイダーは子供の頃本で読んだ『ガリバー旅行記』を思い出した。天空に浮かぶ島、それが今目の前にある。その時シュナイダーはハタと気が付いた。あれだけ巨大な物が着水すれば、押しのけられる水の量はどれ程のモノかと。予想されるのは巨大な津波。それだけで部隊は全滅するかもしれない。シュナイダーすぐさま全部隊に内陸への撤退を命じた。はたして間に合うか?大混乱の中、部隊は各々に内陸へと疾走を始めた。だが、結果として津波はやって来なかった。その「島」は海面ギリギリで停止したのだ。その光景を見たシュナイダーは津波以上に大きな不安に駆られた。
「一体どうやってあの島は飛んで、いや浮いているのだろうか?」
その技術の端緒さえ全く想像が付かない。果たして彼我にどれ程の戦力差があるのか、それすら分からないのだ。こんな相手と戦って一体どれ程勝てる見込みがあると言うのか。いや、それ以前に戦闘にすらなるかどうか。歴戦の勇士の戦意を萎えさせる程の衝撃を、その物体はただ浮いていると言う行為だけで与えていたのだ。ざわめきと動揺が部隊全体に広がる。中にはいきり立つ者もいたが、それは蛮勇に過ぎなかった。人は未知のものに対して生物の持つ本能として警戒する。今この状況において生物として警戒するのは全く正しい。だが軍人としてはどうか。いきり立つのも間違いだ。正解は冷静に状況を判断すること。そしてアランは司令部に呼ばれることとなった。一時の混乱は収まりつつあったが、部隊は未だその再編に時間を要していた。
「あれが何か知っているかね?」
プリュムの問いかけは直線的だった。時間が無いのだ。次命までに時間を置けば兵の士気がそれだけ下がってしまう。今は一刻も早く勝つための体制を立ち上げなければならない。
だが問われたアランの方は、分かりきったことを聞くなとでも言いたげな面白くも無いと言う顔で、
「あれが何かですと?そんなことは解りません。私だって組織の下っ端ですから。知らされていないことばかりですよ。皆さんも分かっていることだと思いますが、強いて言えばあれが敵です」
と感情を乗せずに言い放った。そのあまりにも拍子抜けした答えにプリュムは思わず肩を落とした。そんなことは初めから分かっている。知りたかったのはあれの詳細な情報、戦力、弱点、そう言ったことだ。だがアランの態度から、どうやらそれを知るのは無理そうだと分かった。この男からは覇気という物が全く感じられない。投げやりでどうでも良いと言ったような態度は自分の部下であれば殴り倒しているところだ。
それでもまだ何かしらの情報が引き出せるかもしれない。プリュムのその思いがアランから一つのヒントを引き出した。あるいはそれはアランのサービスであったのかもしれない。
「石切り場の賢人ならば知っているかもしれませんがね。なにしろこの集積場を整備したのは彼らですから。もっと言うならこのランデブーを仕切っているのも彼らですよ」
その言葉はシュナイダーをはじめそこにいる者全ての心肝を寒からしめた。
全ては石切り場の賢人の仕組んだこと。それはシュナイダーたちがはじめから石切場の賢人の手の内で遊ばれていた事を意味していた。
だが一人プリュムだけが今ひとつ納得出来ない顔をしていた。
「だからその石切場の賢人とか言うのは何なんだ?それを教えてもらいたいんだがね」
それは怒気をはらんだ問いかけだった。

戦場

シュナイダーの顔は屈辱に歪んでいた。津波の襲来を恐れたとは言え、敵に背を見せて逃げ出したことは彼のプライドをいたく傷つけた。あの状況からすればそれは仕方のないことだったのかもしれない。だがシュナイダーはその事が自分の経歴を大きく傷つけたと思ったのだ。

「この借りは必ず返してやる!」

だがろくな検討もせずに行動を起こせば今度はプライドだけでは済まされない。血気にはやるシュナイダーを諌めたのは副官のプリュムだった。

時を同じくしてドイツ南極艦隊にも動揺が広がっていた。やはり津波の襲来を恐れたのだ。転覆は免れるにしても激しい揺れによる備品の損傷は免れない。ただでさえ数の少ない艦載機は一機たりとも失うわけには行かない。艦内に緊張が走った。だが結果として津波はやって来なかった。機の固定作業を急いでいた作業員たちはほっと胸をなで下ろした。だが安堵するのも束の間、今度はそれよりも根本的な問題が頭をもたげる事となった。目の前の敵に対する対抗手段が何ひとつ思い付かなかったのだ。この敵はどう考えてもデカ過ぎる…。

「当たって砕けろ!」それが作戦と言えば作戦だった。だが、そんなものは作戦とは言えない。何よりも今はシュナイダー達地上軍と連絡を取ることが先決である。そしてじきにやって来るであろう日本軍艦隊とも。

絶望的な空気を払いのけるように艦長は声高に偵察機の発進を命じた。グラーフツェッペリンの飛行甲板へと押し上げられたフォッケウルフの姿は見る者を奮い立たせる美しさを湛えていた。しかし今回ばかりはそれも色褪せて見える。皆、口にこそ出さなかったが敵の大きさに脅えていたのだ。甲板作業員たちはもくもくと作業することで恐怖を紛らわせようとしている。だが発進を待つハインツだけは違っていた。フォッケの狭いコクピットの中、彼はひとり未知の敵へと向って行く決意を固めていたのだ。己の技量と愛機の性能を信じて。

左に大きく舵を切るとグラーフツェッペリンは進路を風上へと向けた。いよいよ発進である。風向きを示す蒸気煙を横目に見ながらハインツは一気にスロットルを開いた。三菱製2,200馬力エンジンが唸りを上げる。目一杯上げた操縦席から前方を確認すると、ハインツはブレーキレバーを一気に開放した。強烈な加速でシートに体が押し付けられる。100m程行ったところで早くも機体が浮き上がり始めた。日本製超超ジェラルミンはハインツの予想を上回る軽量化をこの機体にもたらしていた。ハインツは暫く低空飛行のまま機速を上げると一気に機を上昇させた。エンジンは快調そのものだ。敵との距離が瞬く間に詰まって行く。ハインツは風防を開けると、このデカブツを隈なく観察した。

全長14km、幅5km。円筒状の両端は垂直に切り落とされており、そこに航空力学的な配慮は見られない。一体どうやってコイツが飛んでいるのか、ハインツには全く見当も付かなかった。ただ、今のところ戦闘体制は取っていないように見えていた。

地上のシュナイダー隊が再び戦闘体制を整えたとき、頭上にハインツのフォッケウルフが現れた。艦隊はこの先どう行動するのか。司令部と連絡が取れない以上、今は想像で判断する他はない。いずれにしろ戦う宿命からは逃れられない。もちろん攻撃を受ければこれを撃破するだけだ。それがシュナイダー達に残された唯一の道であるとも言えた。

暫くすると敵の物資集積場にも動きが起こった。仮設のテント倉庫が解体されて、駐車していたトラックに物資が積み込まれ始めたのだ。その様子を見てプリュムがあることに気付いた。彼らの動きに少しも慌てたところがないのだ。津波の襲来を予想できなかったのか、それともハナから津波など来ないと知っていたのか。そもそもあれだけ巨大な飛行物体を目の前にして全く驚いた様子が見られない。その落ち着き払った様子から、あらかじめ彼らがその襲来を知らされていたとしか思えなかった。

「要するに奴らは皆、全員裏切り者という訳か」

そう呟くシュナイダーの言葉にプリュムはあらためて自らの上官の洞察力に感服した。

ハインツのフォッケウルフはシュナイダー達の上空を二度三度旋回するとそのまま海上へと飛び去って行った。どうやら海上部隊は健在のようである。しかし肝心の無線が全く通じない。隊内では通じるところを見ると、ダメなのは遠距離無線の方だけらしい。どうやらあのデカブツに無線が遮られているようだ。だとすれば、艦隊への連絡には何かしらの物理的手段が必要になる。ここはひとつロンメル式にシュトルヒを出してみるか。となればまたプリュムに一肌脱いでもらわねばなるまい。それはプリュムも解っていたようで、振り向いたシュナイダーに小さく頷くとプリュムはすぐさま駐機場へと歩き始めた。

母艦に戻る途中、ハインツは機を飛行物体直上へと占位させた。それは上空から写真を撮る為でもあったが、圧倒的に優位なポジションを取ることで敵がどう反応するか見極める意味合いもあった。位置エネルギーを運動エネルギーに変えられる高位を取ることは空戦に勝つための必須条件である。ここから垂直降下攻撃を受ければ大型重爆でも撃墜は免れない。如何にこいつがデカいとは言え20o機関砲4門の打撃力は相当に堪えるはずだ。写真撮影を終えるとハインツは増槽を捨てて一気に機を反転降下させた。照準器いっぱいに敵の姿を捉える。ここで発射ボタンを押せばオレンジの曳光弾が一直線に敵へと吸い込まれて行くはず。
ハインツは発射ボタンを押し込む衝動を必死で堪えた。間一髪、敵の側面ギリギリをすり抜けるとハインツは十分に距離を取ってから敵の姿を振り返った。予想に反して敵は何の反応も示さなかった。圧倒的に不利な状況から攻撃されそうになったにもかかわらず敵は威嚇行動ひとつ起こさなかった。ハインツは自分が舐められているように感じてちょっと頭に来た。だがそれは人の体にダニがついても気付かないのと同じようなものだった。この巨大に敵にとって、ハインツのフォッケはかゆみを感じるまでは気付くまでもない極小さな存在だったのだ。

状況が動き出したのはハインツが母艦に着艦して数分が経った時だった。

敵の船体の一部が横滑りするように動き始めたのだ。それはあたかも開き戸が開いて行くような感じに見えていた。同じような扉は船体の数か所にあり、暫くするとそこから複数の極小さな物体が飛び出し始めた。小さいといってもそれは飛行物体と比較してのことである。仮にフォッケウルフと比較すればその体積は数十倍はあるものと思われた。それが次々と物資集積所に向けて放たれたのだ。それらの飛行体は降下するにつれて周囲に嵐のような風を巻き起こし始めた。巻き起こった風は砂漠の砂を舞い上げ、辺りの景色を霞ませていく。地上の作業員が見守る中、幾つかの飛行体が地上近くまで降りて来てその行き足を止めた。暫く空中で停止した後、飛行体はおもむろに下部のハッチを開くと、そこから人の形をしたモノを放出し始めた。その姿はドイツ軍で言うところの人型重機によく似ていた。だがドイツ軍のそれとは違い、飛行体から降りて来た人型はみな鋭角的な形をしていた。

着地した巨人たちはゆっくりと物資集積所の周りを歩き始めた。一歩進むごとに巨人の足跡が砂漠の砂に刻まれて行く。その様子をシュナイダーは丘の上からじっと見つめていた。その動きは極めてスムーズで砂に足を取られたりすることもない。性能は明らかにドイツのそれより上だ。暫くすると巨人の横に物資を満載したトラックが併走し始めた。その先には着陸した飛行体の姿が見えていた。
それから約30分間、着陸して物資を積み込んでは再び飛び去って行く飛行体の姿が物資集積所の至る所で見受けられた。それはシュナイダー達にとって余りにも予想外で衝撃的な出来事だった。だが、やるべきことは分っている。シュナイダーはここにきてついに決断を下した。

「全軍戦闘開始。目標敵人型兵器および飛行物体。一機残らず叩き潰せ!」

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