1945/Kampf Riesen Mars

※毎月25日更新

ティーガー咆哮

戦車隊を先頭に全部隊は進撃を開始した。四両を一編成とした戦車隊は編成ごとに攻撃を開始する。山積みになった物資も走り回る作業員も関係ない。敵に加担する者( イコール )全て敵だ。目的のはっきりしている集団は強い。とにかく撃って撃って撃ちまくるのみ。
キュラキュラと軽快な音を立てながら戦車隊のティーガーが前進する。敵を見つけると一個編成の四両が一斉にその砲を目標へと向けた。新開発のリンクシステムは視野の開けた戦場では絶大な効果を上げると期待された。しかしこのシステムはあくまでも相手が通常の戦闘車両であることを想定して作られていた。巨大人型兵器を相手にすることなどハナから考えられていない。そのため一両目が初弾を外すとリンクシステムはたちまちその欠点を露呈してしまった。システムが仇となって四両全てが砲撃をミスしてしまうのだ。敵の巨人兵器はティーガーの砲塔旋回速度を上回るスピードで攻撃を仕掛けて来る。激しく動き回りながらマニュピレータに内蔵された光学兵器を連射して来るのだ。それは正に光速の速さと言えた。直撃した熱線はティーガーの砲塔を切断し、その高熱は分厚い正面装甲をも貫いた。5名の搭乗員が一瞬にして焼き殺される。巨人の目標補足速度はティーガーのそれを遥かに上回っていた。一度砲撃を躱されると後は一方的な戦闘になる。巨人はその腕を振るうだけで次の攻撃に移れるのだ。それはほんの数秒間の出来事だった。砲弾に直撃を受けた2両目のティーガーは大音響とともに爆発四散してしまった。爆煙が引いたその跡には搭乗員の遺体はおろか、鉄屑ひとつ残されていなかった。
巨人兵器が一個編成の戦車を屠るにはほんの数分も掛からなかった。目の前で繰り広げられる一方的な「殺戮」を目の当たりにして殿( しんがり )に位置したエリッヒ・ベンダーは思った。
「ついさっきまでドイツの科学力は世界一だと思っていたが、どうもそうとは言えないようだ。だが、性能とは中の人間も含めての事だ。俺がそのことを思い知らせてやる」
エンジンで発電した電力でモーターを駆動させるこのティーガーは、通常のティーガーと区別するため便宜上ポルシェティーガーと呼ばれていた。世界で初めて採用されたこの「ハイブリッドシステム」を活かせば十分に勝機はあるはずだ。エリッヒはそう考えていた。
「突撃!目標、正面の敵巨人」
エリッヒが命じると操縦手から
ヤボール、ヘルコマンダー!( 了解! 戦車長! )
と即座に返事が来た。クルーは皆、冷静のようだ。
エリッヒのティーガーに気付いた敵がこちらを振り向く。だが操縦手は構わずアクセルを踏み込んだ。変速装置を持たないこのティーガーは驚く程スムーズに加速して行く。敵に捕捉される直前に操縦手がもう一段アクセルを踏み込むとティーガーは更に力強く加速した。突然視界から消えたティーガーを追って巨人が上体を捻る。だがエリッヒはその隙に左急速旋回を操縦手に命じた。間髪置かず砲撃手に砲塔旋回、装填手に高速徹甲弾の装填を命じる。超信地旋回と砲塔旋回を同時に行うことで敵よりも早く砲撃体勢に移るのだ。エリッヒは長年ともに戦ってきたクルーの腕を信じた。強烈な遠心力が収まったときエリッヒは勝利を確信した。エリッヒの狙いは当たったのだ。
砲撃手が照準器の中央に敵を捉えたとき、巨人はまさに右手の光学兵器をエリッヒ達に振り向けようとしていた。
「フォイエル!」
発射ボタンが押されると同時に88o砲が敵に直撃した。キィィーンと言う金属音を残して巨人の右足が吹き飛んだ。だがこの程度でこいつを葬れるはずがない。
「今だ、踏みつぶせ!」
エリッヒが叫ぶと同時に倒れこんだ巨人の上にティーガーの巨体が乗り上げた。その場ですかさず超信地旋回。履帯の摩擦で砂地に沈み込んだ巨人の装甲が見る見る削られて行く。だが次の瞬間、過剰な負荷に耐えかねた右側の履帯がちぎれ飛んでしまった。惰性で弾き飛ばされたエリッヒのティーガーは2度3度旋回すると近くにあったトラックにぶつかって停止した。急旋回と激突の衝撃でクルーは全員負傷してしまった。ある者は腕を折り、ある者は額から血を流していた。そしてこの車両にももはや戦闘を継続する力は残されていなかった。血で赤く染まった視界の中、エリッヒはこの巨人が完全に活動を停止した事を確認するとそのまま気を失ってしまった。だが、苦痛に歪んだその顔には戦いに勝利した男だけが見せる満足そうな笑みが浮かんでいた。

反撃

撃破率1対17。敵一両を破壊するのに味方17両が犠牲になった計算だ。次々と破壊されていくティーガーを見てシュナイダーは作戦の変更を命じた。戦車隊を後退させ、人型重機を先鋒に立たせるのだ。敵の巨人にはこちらも巨人で迎え討つ。
出番を待ちかねていた重機隊は敵に向けて一斉に突撃を開始した。だが1対1( one on one )で戦うようなバカな真似はしない。必ず2両以上で1両の敵に当たる。ここは戦場なのだ。騎士道精神を発露している場合ではない。今は何よりも勝利を得ることが重要だ。
シュナイダーは後悔していた。人型重機が配備されたのがつい最近と言う事もあったが、これを作業用重機の延長と考えて重機を使った戦術を一切研究して来なかったのだ。それは副官のプリュムも同様だった。
2両以上で敵に当たるのは取り敢えず最低限の戦術だった。だが結果的にこれは正解だった。後退した戦車隊は適宜味方重機隊の援護に回った。詳細な打ち合わせをした訳ではない。それはよく訓練を積んだ彼らだからできるアドリブだった。
ドイツ製重機は今や解き放たれた狼の如く戦場を疾駆した。テントの脇を走り抜け、破壊されたティーガーに身を隠しながら、戦車ではなし得ない速さで敵との距離を詰めて行った。その間にも後退した戦車隊が援護射撃を続ける。各車両とも敵巨人を狙い撃つが直撃はほとんど得られなかった。機動力の差は歴然だった。だが至近に集中砲火が着弾すると重量の軽い敵巨人は激しく動揺し、その標準に僅かながら狂いが生じた。重機隊はそのチャンスを逃さなかった。エゴン・ミュラーとカール・エルベスがいち早くこれに反応する。間合いを詰めるべくティーガーの残骸に身を隠した二人は、漏れたオイルの臭いに死体の焼ける臭いが混じっているのに気付いた。見ると潰された戦友の遺体が操縦席に突っ伏していた。同胞の死を目の当たりにした二人の胸に怒りの炎が燃え上がる。だが次の瞬間、二人は激しい衝撃に襲われた。こちらを見つけた敵巨人が光学兵器を打ち込んで来たのだ。だがティーガーの分厚い正面装甲がそう完全に打ち抜かれることはない。熱線がこちらまで届かないのを確認すると、二人はすぐさま反撃へと移った。機動力の高い敵から直撃弾を得るのは難しい。こちらが放った弾丸はことごとく敵の足元に突き刺さってしまった。たちまち砂塵が巨人の周りに巻き起こる。だがそのとき二人は、そこに奇跡のような光景を目撃する。敵の動きが急に鈍くなったのだ。
「砂塵のせいか?…いや熱か!」
ミュラーは気付いた。40℃を超える高温の中、連続して光学兵器を使い続けたことで敵はオーバーヒートを起こしたのだ。見るとエルベスの重機が顔をこちらに向けている。どうやらエルベスも気付いたようだ。そうとなれば話は早い。二人は左右同時に飛び出すと敵を挟み込むようにして一気に間合いを詰めて行った。敵の動きは明らかに遅くなっている。仮に一方が狙われても今までのように一瞬で着弾することはないだろう。長年ともに戦ってきた盟友である。タイミングを計りながら阿吽の呼吸で一斉に射撃する。放たれた弾丸は同時に着弾し、一瞬にして巨人の両腕を吹き飛ばした。二人は一撃にしてあの恐ろしい熱線兵器を封じたのだ。これでもう敵からの反撃はない。あとは前進あるのみ。動きの鈍った巨人に二人はありったけの弾丸を叩き込んだ。
ミュラーとエルベスが全ての弾丸を打ち尽くすと、蜂の巣にされた巨人は一歩も退くことなく、仁王立ちのままその場で活動を停止していた。その見事な散り様を見て、二人はこの巨人にも人間と同じような意思が確かに存在していると確信した。

好転

戦闘はますます激しさを増していった。あちこちで火の手が上がり、雷鳴のような砲声は一向に鳴り止まない。だがそれはこの物資集積場全体でみればごく限られた範囲の出来事でしかなかった。丘の上から戦場全体を見渡したシュナイダーは、集積場の至るところで物資を満載したトラックがそのまま飛行物体に積み込まれて行くさまを目撃した。遥か遠方では作業員達が安穏と食事まで取っている。この集積場はそれほどまでに広大だったのだ。
「一体どれほどの物資がここには集められているのか。これら全てを積み込むためのあの大きさか」
そう呟くとシュナイダーは空を覆う敵の母船を見上げた。
「敵巨人兵器の性能から考えると、あの輸送機らしい飛行物体を撃墜するのは相当に困難だろう。さらにあの巨大な母船ともなればなおさらだ。あれを破壊するには側面の開口部に直接砲弾を撃ち込むか、積み込まれる物資に爆弾を仕掛けるくらいしか方法は無い。爆弾もできれば時限爆弾が望ましい。だがあれの内部にも例の巨人兵器が配備されていたらやっかいだ。中途半端な攻撃はかえって奴らを刺激することになる。さてどうしたものか。いや待て、俺は馬鹿か。奴らは作業員ごとあの飛行物体に物資を積み込んでいるではないか。となれば兵を作業員に偽装させて中に送り込むのも可能なはずだ。何なら作業員を買収して兵と入れ替えても良い。その手の工作に向いているのはそう、例のフランス人−百目のアランだな。一緒に連れ戻したあの日本人どもも使えそうだ」
事は一刻を争う。シュナイダーは救護班に例の日本人を連れてくるよう命じると、撃破した巨人兵器の回収と捕虜にした作業員の尋問を指示した。もちろんそこにはSS仕込みの拷問を使ってでも情報を引き出せ、という暗黙の意味も込められていた。

エゴン・ミュラーとカール・エルベスの駆る2両の人型重機は、撃破した敵の巨人兵器を抱えたまま一時戦場を離脱した。
一方エリッヒ・ベンダーのティーガーに踏みつぶされた巨人の方は、地面にめり込んだまま容易に掘り起こせない状態にあった。だが比較的損傷の軽微なこの巨人は、上手くすれば鹵獲兵器として利用できそうだ。ここは何としても回収したいところである。だが大型クレーンでもなければこれの引き上げは相当に難しいと思われた。やむなくシュナイダーは人型重機を使ってこれの回収を命じた。今や戦力の中核を担う人型重機を後方の回収作業に回すことはいささか気が引けたが、状況が状況だけに仕方がない。だが、到着したそれは期待以上の働きを示してくれた。大型の回収戦車でも手こずりそうなこの作業を、人型重機は両腕を器用に使うことでそれこそあっという間にやってのけたのだ。シュナイダーはその高い汎用性を目の当たりにして、この人型をした奇妙な兵器が今後の戦場を支配してゆくことになると確信した。
敵巨人兵器との戦闘は今や膠着状態に陥っていた。例え巨人の弱点が解ったところで、それを突いた攻撃を行うのは簡単なことではない。さらに敵は早々に対応策も講じてきていた。即ち不要な移動、発砲を避けて破棄された戦車の陰に身を隠し始めたのだ。だが、それにしてもこの気温だ。熱は着実に巨人の内部に蓄積されているはず。そう言った意味では既に勝負は決していると言えた。
「よし、我々は奴らに勝てるぞ」
シュナイダーは勝利を確信して密かにほくそ笑んだ。

救護班に編入された隆俊はテントに運ばれてくる負傷者の姿を見て思わずうめき声を上げた。鋭利なメスで切ったような切り口、激しい熱で焼かれて炭化した手足、何がか胴体を貫通して開けられた穴、そのどれもが隆俊が初めて目にする傷であった。未知というものはそれだけで人を不安にさせる。隆俊はとなりで負傷者の手当をする真風の表情を思わず覗き込んだ。だが幼少の頃より諜報の特殊技術を叩きこまれ、幾度となく修羅場を潜り抜けて来たこの忍びの末裔は、軍属とは言えお坊ちゃま育ちの隆俊とは持っている覚悟が違っていた。血まみれの兵を前にしても、真風は顔色一つ変えることなく手当てを続けていた。懸命に働くその瞳は他人に尽くす喜びからくる充実感で輝いているようにさえ見えていた。隆俊はそんな真風の姿を見て、思わず声を上げてしまった自分を恥ずかしく思った。
暫くして、隆俊はシュナイダーから新しい任務を与えられた。負傷者のケアを真風に任せると、隆俊はトラックを駆って前線へと向かった。それは敵の母船へと侵入する準備を整えるためであった。
シュナイダーから作業員との交渉を依頼されたアランは正直迷っていた。受けるべきか断るべきか。大勢が決した今となって敵であるドイツ軍に協力しても、それは今さら無駄なことだと思ったし、何よりも(しゃく)に障る。だが今回ばかりは「同じ人間として」協力してやって良いとも思っていた。だから、積極的には協力しない。「人間の義務として」最低限頼まれたことだけはこなす。それだけだ。それがせいぜいの妥協点であった。
戦場へと舞い戻ったアランは作業員たちが見たこともないような大金をちらつかせながら、トラックと荷物の引き渡しを要求して回った。
この時アランはひとつの疑問を抱いた。それは直接戦闘に参加していないからこそ気が付ける疑問でもあった。
「なぜ、砂漠で戦うのか?なぜこの灼熱の時間帯なのか?ここには敵が事を構えるには不利な条件が揃っている。この地を戦場に選んだ石切り場の賢人は一体何を考えているのか?」
だがその謎を解くことこそが「石切り場の賢人」という組織の存在意義を理解することになることを、この時のアランが気付くことはなかった。

巨人兵器

エゴン・ミュラーとカール・エルベスが運んできた巨人兵器はすぐさま整備隊へと引き渡された。ミュラーたちの疲労は極限にまで達していた。彼らは座り込んだ重機から転げるように這い出すと、そのまま気絶するように眠り込んでしまった。二人を出迎えたシュナイダーは彼らをベッドに運ぶよう指示すると、鹵獲した巨人兵器を確認するべくすぐさま整備場へと足を向けた。
敵の巨人兵器は、被弾経始を意識したドイツ軍の人型重機以上に曲面を多用した設計がなされていた。鏡面加工されたその表面は、激しい戦闘の後にも関わらず一部を除いて凹みはおろかかすり傷ひとつ付いていない。解っていた事ではあったが、兵たちはその装甲強度の高さに改めて驚かされた。操縦室への出入り口は頭部と一体になった上半身を持ち上げる事で露出した。この辺の構造はドイツ製重機のそれと同じだったが、この巨人の方はもう一段その中にねじ込み式の内蓋が仕込まれていた。
「気密性を高めるにしてもこれではあまりに使い勝手が悪い。いざと言うときパイロットはどうやって脱出するんだ?」
そんな疑問を抱きながらも、整備兵たちはそのねじ込み式の内蓋を何とかこじ開けようと試みた。だがそれは外部から固く締め付けられているようでバールなどを差し込んでも全く歯が立たない。格闘すること30分。最後には油圧ジャッキまで持ち出して、彼らはようやくその解放に成功した。
見た事もない戦闘兵器。驚異的な火力を備えた恐るべき鋼鉄の巨人。それを操縦しているパイロットは一体どんな奴なのか。活動が停止した時点でおそらくそいつは死んでいるはず。だがそうだとしても、どこの国のどんな顔した奴なのかくらいは判るはずだ。固唾を飲んで見守る兵たちの前で、最年長である技師長が彼らを代表して操縦室の中をゆっくりと覗き込んだ。だが次の瞬間、技師長は体中の血が抜き取られるような感覚を覚えると力なくその場にへたり込んでしまった。一体何が起きたのか。幾多の激戦地を渡り歩いてきた技師長が座り込む程の衝撃とは一体何か?兵たちは一斉に技師長のもとに詰め寄った。
「技師長、中には、こいつには一体どんな奴が乗ってるんですか?」
兵の一人が声を上げる。だが技師長はそれに答える風でもなく大きく目を見開いたまま意味不明な言葉を呟き続けていた。
「人と巨人が…ひとつに…なる…」
技師長が巨人の中で見たモノは一言で言えば「死んでいない死体」であった。
手足の付いていないその「死体」は太いチューブで直接巨人と繋がれており、胴体から切り離された頭からも同じようなチューブが伸びていた。もちろんそんな状態で生き続けられる人間など存在しない。だがそれは操縦室を満たした青く光る液体の中で激しく動き回っていた。よく見ると口から繋がったチューブを通して呼吸もしているようである。技師長に代わって覗き込んだ兵と目があったその「モノ」の顔は微かに微笑んでいるようにも見えていた。だがその微笑みの奥にある大きな瞳は、とても生きた人間のものとは思えない輝きのない悲しい色に満たされているようでもあった。
シュトルヒで飛び出す寸前、伝令に呼び止められたプリュムは整備場に向かう途中で同じく整備場へと向かうシュナイダーと鉢合わせた。あまりの事態に二人は軽く敬礼するとそのまま無言で整備場へと急いだ。
操縦室を覗き込んだプリュムの表情は明らかに引きつっていた。熱心なクリスチャンである彼にとって、それはまさしく悪魔の所業そのものだった。だが軍医(ドクトル)の反応は違っていた。彼は内蓋を開けた整備兵を見つけると、発見当時の状況を詳しく聞き出した。その後しばらく軍医と整備兵との間でやり取りが続いたが、結論としてドクトルの出した答えはこのパイロット(と言えるかも怪しい人間のような「モノ」)が巨人を操縦するためだけに生きたままこの操縦室に接続されたと言う驚くべきものであった。それを可能にした科学や医学が一体どう言うものなのか、それは全く解らない。手足はおろか頭まで切り離された状態の人間を生かしたまま兵器という機械(マシン) に繋ぐなど普通に考えて出来る事とは思えない。だがシュナイダーをはじめその場にいた者全員は、その技術云々よりもそんな非倫理的な行為を平然と行ってしまう敵の感覚に激しい怒りを覚えた。そしてシュナイダーは、その同じ人間が行ったとは思えない行為を目の当たりにして、自分たちの戦っている敵が我々とは全く異なる「別の人類」であることを改めて確信するのだった。

F・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)

戦艦F・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)の40センチ砲は未だその射程に敵の母船を捉えていなかった。相変わらず無線機は使い物にならず、偵察機からの連絡も途絶えたままだ。状況が分からない以上迂闊に攻撃を仕掛けることも出来ない。南極艦隊の取り得る行動は徐々に狭められていった。艦隊と言っても僚艦である空母グラーフツエッペリン以外にはこれと言った随伴護衛艦を持たない2艦だけの艦隊である。追い詰められた艦隊司令グランス・フェシアンは空母をこの場に残してF・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)単艦で敵母船に威力偵察を仕掛けることを決意した。それはF・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)の持つ戦艦ビスマルク譲りの強固な装甲に期待した作戦であったが、冷静に考えればそれは少ない戦力を分散する愚かな作戦であった。
実のところ司令のグランス・フェシアンはお世辞にも有能な軍人とは言い難い人物であった。士官学校への入学も代々軍人であった家のコネによるものであったし、艦隊司令に必要な戦略立案能力も殆ど持ち合わせていなかったのだ。だからこそ彼は一部の参謀から出された威力偵察などと言う危険な策を何の考えもなしに採ってしまったのだ。
そしてこのとき戦艦F・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)には帝政ロシアの元皇帝=ニコライ二世という厄介者も乗り込んでいた。作戦能力の無い無能な司令官と、もはや用済みとなった元皇帝。これらの「お荷物」を押し付けられた南極艦隊は、つまりドイツ軍にとっては捨て駒以外の何物でもなかった。「火星人」とか言う訳の分からない敵に取り敢えずぶつけて様子を見る。ただその為だけの捨て駒。その戦力はさて置き、ヒトラーの思惑はどうやらそんなものであったのだ。
だが、そうは言っても当事者である南極艦隊の戦争は既に始まっている。彼らは戦い、勝利しなければならないのだ。それ以外には生きて故国に帰れない。空母グラーフツエッペリンの搭乗員たちは未だ帰還しない偵察機のパイロットの身を案じていた。開戦劈頭、彼らは殆ど仲間を失うことなく連戦連勝を続けてきた。バトル・オブ・ブリテンの激闘を経験しないまま南極基地に配属された彼らは、戦場で同僚を失うと言う経験をほとんどした事がなかった。だがこれから本格的な戦闘に入って行けば仲間の大半が、もしかしたらここにいる全員が生きて帰れなくなるかもしれない。彼らは『いつまで待っても帰還しない偵察機』と言う現実を突きつけられて、初めて自分たちの未来に具体的な不安を覚えるようになったのだ。
主砲の射程圏内に接近しても敵がF・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)に攻撃を仕掛けてくることはなかった。しかしながら付近の海が穏やかであったかと言えば決してそうではない。敵母船の真下には物資を満載した輸送船やタンカーがひしめくように密集していた。それらの一部は何かしらの力で海から引き上げられ、そのまま敵母船の中へと吸い込まれて行った。一体どんな力学をもってすれば何万トンもある輸送船を空中に舞い上げることが出来るのか?グランス・フェシアンは思わず司令官席から立ち上がった。ドイツの科学力ではその開発どころか、そんなことが可能だと思いつくことすら出来はしない。冷静に考えれば自分たちの資源が略奪されているのだ。それは明確な敵対行為に他ならない。だがそのあまりに摩訶不思議な光景を前にフェシアンは完全に反駁すべき言葉を失っていた。
先に帰還していた偵察機の情報から、敵は攻撃を受けるか、自らの行動が邪魔をされた時にだけこちらに攻撃を仕掛けて来ることが分かった。空母を発った偵察機が帰ってこないのはその暗黙のルールを犯したためでると推測された。だとするとF・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)がこのまま単艦で偵察を続けるのは(こちらから攻撃を仕掛けさえしなければ)決して無謀な策ではないのかもしれなかった。
「今は今後の戦闘のために少しでも多くの情報を集める時だ」
艦隊司令グランス・フェシアンはそう自分に言い聞かせて、何とか乱れた心を落ち着かせようとしていた。
そうしてF・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)の主砲がその射程圏内に敵母船を捉えてから、およそ1時間が経過しようとしていた。無線機は相変わらず役に立たず、地上の様子は全く持って分からない。少しでも情報が欲しいグランスは艦長に敵母船との距離をさらに詰めるよう指示を出した。だが空一面に広がるような敵母船に近づくにつれ、兵達はみな動揺を隠しきれなくなっていった。いつあの巨大な母船から攻撃を受けるかもしれない。それは『こちらから手出ししなければ絶対に攻撃されることはない』と判断した当の司令部にあっても同じであった。人は大きい相手に対して無意識に恐怖を覚える。それが戦場であれば尚更の事だ。窓いっぱいに広がる敵母船を前に、F・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)の艦橋は次第に異様な空気に支配されていった。
タンカーや輸送船は相変わらず敵の母船に吸い上げられている。その引力がどれ程の範囲に及ぶか分からない以上、艦の航行も慎重にならざるを得ない。そんな中、艦長の巧みな操艦によりF・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)は何とか地上の様子が伺える位置にまで前進することに成功した。
地上では随所で白煙が上がっている。戦闘は既に始まっているようだ。グランスはF・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)唯一艦載機である回転翼機フレットナーFI282「コリブリ」に偵察出動を命じた。コリブリのエンジンに火が入ると、回転翼に煽られた熱く不快な風がデッキクルーの頬に吹き付けた。だが未知の敵と戦い、おそらく生きては帰れない覚悟を決めた彼らにすれば、それは心地よい潮風のようでしかなかった。どんなに不快でも風を感じられるのは今自分が生きている証拠に他ならない。死んでしまえばそれすらも分からなくなるのだ。今この瞬間にも地上では大勢の同胞が命を落としているのだ。彼らはみな迷わず死の国へ向かって行くのだろうか、それとも魂だけは家族の元に帰って行くのか。
神妙な面持ちで回転翼機を見守るクルー達は、みな無意識に胸で十字を切ってパイロットの無事を祈っていた。 それから数刻の後、F・D・G(フリードリヒ・デア・グラッセ)を飛び立った回転翼機のパイロットは突如現れた超巨大人型兵器の姿を目撃する事となった。

蚩尤(しゆう)

「あんなものが現実に存在するとは、まるで御伽噺(おとぎばなし)の世界に入り込んでしまったようだな。あれに比べたら我々の重機など無力な小人に過ぎん」
シュナイダーはそう吐き捨てると、何もかも投げ出して逃げ出したくなってしまった。新たに現れた敵の大型巨人はまるで絶望を形にしたようなおぞましい姿をしていた。
「閣下、大抵の御伽噺には残酷で恐ろしい結末が待っているものです」
相変わらず副官のプリュムは一言多い。
「ですが、中には幸せな結末を迎えるものもあります」
そう言い加えるとプリュムはシュナイダーに悪戯な笑みを向けた。
『そうだ、まだ何か策があるはずだ』シュナイダーはプリュムの笑みに一瞬救われたような気がした。まだ諦める訳には行かない。顔にこそ出さなかったがシュナイダーはプリュムが副官でいてくれたことを心底良かったと思っていた。そんな気持ちを解ってか、プリュムがさらに言葉を続ける。
「先ほど友軍機が撃墜されたとの報告がありました。と言うことは海上の艦隊も事の成り行きを掴んでいるはずです。確かにあの巨人を倒すのは難しいかもしれませんが、戦艦の主砲を以ってすればあるいはそれも可能かと…」
確かに一理ある提言だった。だがいつ来るとも知れない艦隊をあてにして作戦を立てる訳には行かない。加えてわが軍の最終目的は敵の上陸(降下)部隊を撃滅することで、あの大型巨人を倒すのはその一手段に過ぎない。空を覆うあの敵巨大母船を破壊すれば、帰る所を失った巨人達はいずれ自滅し果てるはず。
「さて閣下、あの新たに現れた巨人にコードネームを付けておきたいのですが、蚩尤(しゆう)と言うのはいかがでしょうか?古代中国の兵器を開発した神の名前ですが、あの化け物にはふさわしい名だと思われます」
プリュムの言葉にシュナイダーが頷くと、その蚩尤と名づけられた巨人の顔がゆっくりとこちらに向き始めた。遠目には一つ目に見えるその顔が完全にこちらを向いたその刹那、幾条もの光学兵器が味方の戦車隊に浴びせかけられた。その威力は絶大で、直撃を受けたティーガーが一瞬にして蒸発してしまう程であった。だがこの大型巨人の攻撃はそれだけではなかった。こいつは何らかの怪音波を浴びせかけて、巨人の足元に潜り込んだ兵を一人残らず気絶させてしまったのだ。気絶させられた兵は蚩尤(しゆう)に続いて現れた「普通サイズ」の巨人によって一人残らず敵母船に連れさられてしまった。
その間にも例の円盤型飛行物体が地上と母船を行き来してトラックや補給物資を母船に運び込んでいる。だがシュナイダーたちにとってそれは敵の母船に乗り込むチャンスであるとも言えた。なぜなら偽装した兵を用意してトラックごとあの円盤に運んでもらえば、それでことは済むのだ。プリュムはシュナイダーの立案したこの作戦に自らその指揮官になることを志願した。
「部下にばかりに危険を押し付けるわけには行きません。指揮官が最初に逃げれば兵の心情はどうなりますか。士官たる者、常に兵より重い責務を果たさなければならないのです。閣下には事後の始末をお願いします」
その場に居合わせた兵は皆、プリュムの言葉に感動を覚えた。『こんな指揮官の元で働きたい』兵の誰もがそう思った。そう、プリュムは紛れもなく将来将軍になるだけの器を持った人物であった。だが惜しむらくはそれも彼がこの作戦を生きて帰って来られたらの話ではあったが…。
個人的な感情を措いても、シュナイダーはこの作戦の指揮官にはプリュムこそふさわしいと考えていた。だが生きて帰れる可能性の殆どない作戦にプリュムを送り込むことにシュナイダーは躊躇していた。人間性、判断力、そしてここぞと言う時の行動力。そのどれをとってもこれだけ優秀な副官はそう簡単に育つものではない。しかし陸と敵艦内に分かれての作戦となれば、その遂行には阿吽の呼吸が必要となる。プリュムとならばそれも可能なはずだ。どう考えても適任はプリュム以外にあり得なかった。
ちょうどその時アランが十数台のトラックを調達して前線から戻って来た。トラックから飛び降りたアランが敵から買い上げた作業着を突入部隊に配り始めると、荷を下ろしたトラックには作戦に必要な大量の兵器や食料が積み込まれ始めた。一見してそれは十分過ぎる量であったが、誰一人それを疑問に思う者はいなかったが、唯一プリュムだけがそれがシュナイダーの手向けによるものであることに気づいていた。
「では閣下、行ってまいります。自分がいない間どうか飲み過ぎませんように」
プリュムはにっこり微笑んで敬礼した。つき物が落ちたようなさわやかな笑顔だった。一方シュナイダーも優秀な副官を失うことに気落ちしつつも、プリュムの覚悟に感謝して笑顔で敬礼を返した。 「プリュム、帰って来たらまた一緒にシュタインベルガーを飲もう」
そう告げるとシュナイダーは踵を返した。やるべき仕事は山ほどある。プリュムの決意を無駄にしないためにも出来る限りの援護をしなければならない。シュナイダーが振り返るとプリュム達を乗せたトラックが出発点に向けて移動を始めていた。プリュムとはもうこれっきり永遠の別れになるかもしれない。トラックを見送るシュナイダーは抗うことの出来ない運命の残酷さを思い一人歯噛みするのだった。

奴隷

「血で動いているぞ、この巨人は!」
声を上げたのは軍医のシュぺーアだった。
鹵獲した敵のパイロットを調べていたシュぺーアはパイロットの体に接続されたチューブが巨人の骨格に血液を運ぶ役割をしていること突き止めたのだ。そして大方の予想通りこのパイロットが我々と同じ人間であることも同時に確認された。
「あれは人間です。紛れもなく我々と同じホモ=サピエンスです」
シュナイダーは軍医の言葉をある程度予想していた。だがそれを直接自分の耳で聞くとなるとやはりそのショックは大きかった。
「奴らは我々人間を巨人のパイロットに仕立てていると言うのか。しかもあんなおぞましい姿に変えてまでして…」
怒りに震えるシュナイダーの言葉にシュペーアは静かに頷いた。
「事実です。残念ながら。そしておそらくそれが奴らの目的でもあるのでしょう」
奴らがなぜトラックを人間ごと母船に運んでいるのか。解ってしまえば簡単なことだった。人間を奴隷にするのが奴らの目的(のひとつ)だったのだ。例の大型巨人に気絶させられた兵達も奴らの船に連れ去られてしまった。部下達をあのおぞましい奴隷にさせないためにも今すぐあの敵母船を破壊しなければならない。しかしそれはシュナイダーがおよそどんな想像を巡らせても容易になし得ることではないと思われた。シュナイダーはプリュムを母船に送り込んだことを後悔した。しかし犀は既に投げられたのだ。プリュムなら、奴ならばきっとこの困難な任務を成し遂げてくれるはず。前線へと向かう指揮車に乗り込んだシュナイダーは敵情の書き込まれた地図をじっと見つめると、今や指揮官となったかつての副官にひとり思いを馳せるのだった。

激戦

戦艦フリードリヒ・デア・グラッセ(F D G) から発進した回転翼機コリブリはその「低速性能」を活かして戦場を隈なく撮影していた。だが味方部隊の苦戦は上空からもハッキリと見て取れていた。機体下部に固定された16ミリカメラがその様子を冷徹に撮影し続ける。コリブリのパイロット−ハンス・クリューガーは敵の巨大四つ足巨人に突撃して行く戦車隊を見て尊敬の念を禁じ得なかった。どうひいき目に見ても敵の戦力の方が勝っている。四つ足巨人は火炎放射器や光学兵器、果ては稲妻に似た謎の兵器までも繰り出して次々と味方戦車を屠って行く。中には鋼鉄製の尾で串刺しにされる戦車の姿も見える。彼我の戦力差はもはや絶望的と言って良かった。
その間にも例の円盤型飛行物体が地上と敵母船の間をせわしなく往復している。海上では大型輸送船が別の敵母船に吸い上げられる様子も見て取れていた。
上空に上がったことでハンスは今起きている事態を隈なく把握できるようになった。だが同時にどうしようもないもどかしさも感じ始めていた。武装を持たないこのコリブリでは窮地に陥った味方を助けることが出来ないのだ。偵察任務の宿命とは言え、ハンスは自分の無力さに(ほぞ)を噛んだ。今彼に出来るのは少しでも多くの情報を司令部に届けることだけ。しかし航続距離の短いこのコリブリではそれすらも怪しくなって来ていた。帰りの燃料を考えるとこれ以上撮影を続けることは難しい。ハンスは後ろ髪を引かれる思いでコリブリの機首を海上へと向けた。一刻も早くこの記録を−唯一巨大四つ足巨人「蚩尤(しゆう)」を打ち倒せる可能性のある−戦艦フリードリヒ・デア・グラッセ(F D G)に伝えるために。戦場を背にしたハンスはコリブリのスロットルを叩きつけるように目いっぱい倒し込んだ。

IV号人型重機に乗り込んだエゴン・ミュラーとカール・エルベスは操縦室のモニターを通して戦場全体を見渡していた。
彼らに続くロッテ(ペア)の二人も、疲労困憊ではあったがかろうじて戦闘には参加できていた。重機の上半身を上げて、あらためて見た戦場の様子は正に地獄そのものだった。激しく繰り返された砲撃により一面は火の海と化していた。破壊された戦車の姿がそこかしこに見える。それらはどれも光学兵器で切断され、溶けた装甲の奥からは朦々たる黒煙が噴き出していた。
エゴン・ミュラーは無線機を取るとシュヴァルム(チーム)全員に一度重機から降りるよう命じた。周囲には火薬と焼け焦げた死体の臭いが漂っていた。それは戦友たちが焼き殺された臭いに他ならない。ミュラーはこみ上げる吐き気を堪えるともう一度辺りの様子を窺った。遅れて降りて来た三人を待つと、ミュラーは決然とした表情で話し始めた。
「この臭い、この光景を絶対に忘れるな。あの巨人どもを倒さなければ次は俺達がこうなる番だ。ここで負ければ奴らはその足でドイツを攻撃するかもしれない。そうなれば祖国に残して来た親兄弟もここで散った戦友たちと同じ運命を辿ることになる。だが、決してそうはさせない。俺達はこれから奴を倒す。簡単でないことはもちろん分かっている。だから今俺は敢えてお前たちに言う。貴様らの命、今からこの俺にくれ!」
チーム全員がミュラーの顔を見つめていた。皆疲れて果ててはいたが、その目には揺るぎない決意の光が輝いていた。だが、ややしてからミュラーとは幼馴染みだったカール・エルベスが突然破顔して声を上げた。
「相変わらずガキ大将の癖が抜けてないな、ミュラー少尉。命令なんだからそんなにかしこまって頼まなくたっていいんだぜ。まあ、それがお前の優しさだってえのも分かっているがな。安心しろ、俺の命とっくにお前に預けてある。好きに使え」
エルベスの言葉に他の二人も続いた。
「大将、勝てなければどうせみんな死ぬんです。ここは一発やってやりましょう!」
「今からも何も、少尉とはアフリカに来た時から一蓮托生です。死ぬときは一緒ですよ」
三人の言葉を聞いてミュラーは不覚にも涙をこぼしそうになってしまった。ここからの戦い、確実に死ぬかもしれないこの状況の中で、この三人は何のためらいもなく俺に命を預けくれる。ミュラーはそんな仲間達に心から感謝した。
「よし、全員乗車!これより敵を討つ」
ヤヴォール・ヘア・ウンターライトナント!(了解 少尉殿)
敬礼を返した三人がそれぞれの重機に乗り込むと、エゴン・ミュラーの乗った重機は三人とは別の方向に歩き出した。それはある作戦を実行に移すためであった。III号と違い専用設計の脚を持つこのIV号人型重機は、走行状態から停止した時ほとんど上体が振れることがなかった。そのため大型の88o砲を抱えていても、停止した直後に正確な照準を得ることが出来る。ミュラーはその性能を最大限活かすつもりだった。即ち、素早くストップ&ゴーを繰り返して位置を変えながら連続して正確な砲撃を行うのだ。
しかし敵の巨大四つ足巨人は移動しながらでも正確な攻撃を仕掛けてくる。単に正確な砲撃を繰り返すだけではたちまちこちらが捕捉されてしまう。そこでミュラーは自らが囮になることを買って出たのだ。これまでは装甲性能の優れたティーガーが囮になって、その隙に人型重機が攻撃を行う作戦であった。だが機動力に勝る重機が囮に加われば、これまでは単なる「的」でしかなかった戦車隊も積極的に攻撃に参加出来るようになる。同じ88o砲でもティーガーの持つそれは71口径で人型重機用の56口径より遥かに装甲貫徹力が高い。如何に異形の怪物とは言え、現実に存在するものであるのなら高速徹甲弾の莫大な運動エネルギーにそうそう抗えるはずがない。但し、それも直撃が得られればの話ではあるのだが…。
ここからは全員囮で全員攻撃手だ。サッカーなら超攻撃型フォーメーションと言ったところか。だがそれはミュラーたちにとって死と隣り合わせの危険な作戦でもあった。

決着

激しく動き回るミュラーに巨人が気を取られている間に、エルベス以下の3両がじりじりと距離を詰めて行く。中でも先行したエルベスは既に巨人の真後ろに回り込んでいた。だがこれは失敗だった。エルベスに気づいた巨人が尾を振り上げて攻撃して来たのだ。その先端には鋼鉄の装甲を突き破る鋭い角が光っている。エルベスは重機の上半身を目いっぱい仰け反らせると間一髪でこれを躱した。だが相手が攻撃に集中している時にこそ反撃のチャンスはあるものだ。ベテラン搭乗員のエルベスがそのことを知らないはずがない。エルベスは仰け反った重機の上半身をそのまま180°回転さると、88o砲を後ろ手に持ち替えて連続射撃を試みた。初弾は高めに、徐々に射角を下げながら打ち続けること5連射。だがろくな照準もせずに撃った弾がそうそう当たるはずもない。巨人は姿勢をグッと低くすると音速で放たれたエルベスの砲弾を軽々と避けてしまった。だが巨人の態勢が崩れたチャンスを今度は僚機のミュラーが見逃さなかった。囮役から一転、一瞬下がった巨人の頭にミュラーの重機が飛びついたのだ。それはエルベスの放った徹甲弾を避けながら行うと言う極めて際どいタイミングでもあった。
ミュラーの決死のダイブにより、戦車隊に一旦停車して砲撃する時間的余裕が生まれた。正確な照準で放たれる徹甲弾は面白いように巨人へと直撃して行く。戦車隊はここに来てようやく勝利の手応えを掴み始めた。だがしかしそれも長くは続かなかった。ミュラーを振りほどいた巨人がまたしても攻撃を仕掛けてきたのだ。光学兵器の攻撃に晒される戦車隊。だが今度は以前より少し状況が違っていた。それは具体的な何かではなく、おそらく「気持ち」の部分であった。
「やってやれないことはない!」
僅かではあるが勝利の手応えを得たことでクルーのやる気に火が付いたのだ。モチベーションの上がった集団は時として驚くべき力を発揮する。リンクシステムに縛られて画一的な攻撃しかできなかった戦車隊はここに来て見違えるような動きを見せ始めた。損害をいとわず個々の車両が正確に照準して確実に徹甲弾を叩き込んで行く。もちろん停車と同時に破壊される車両も続出したが、複数箇所から同時多発的に放たれる砲撃にさすがの巨人も翻弄され始め出していた。
苦し紛れに放たれた稲妻兵器を避けて、ミュラーとエルベスが巨人の足元へと詰め寄る。兵士達を気絶させたあの音波攻撃もアドレナリンMAXの二人にはもはや通じない。巨人の左前脚側に回り込んだ二両の重機は、脚付け根の外装に砲撃で破壊された箇所を発見した。
「あそこを狙うぞ!」
もはや無線も使わない。アイコンタクトで確認を取ると、ミュラーとエルベスはそこにありったけの88o砲弾を叩き込んだ。直撃!直撃!
2発目が吸い込まれるところまではミュラーもエルベスも確認した。だが次の瞬間、突然襲った猛烈な横Gで二人は操縦席側面に叩きつけられてしまった。巨人の後ろ脚が二人の重機を弾き飛ばしたのだ。100mは飛ばされただろうか。2両の重機は砂丘に突っ込んでようやくその行き足を止めた。もちろん二人とも気絶している。しかも悪いことにエルベスの重機は操縦席のロックが外れて操縦者が投げ出されてしまっていた。エルベスの体は地面に突っ伏したままピクリとも動かない。気絶しているのか、それとも…。およそ最悪の展開である。ミュラーの重機も両腕を失っていた。目を覚ましたミュラーが痛む体を引きずって操縦室から這い出ると、重機からはオイルとも血ともつかない液体が流れ出していた。どう見てもこれに戦闘を続ける力は残っていない。ミュラーが血まみれの顔を上げると投げ出されたエルベスの姿が視界に入って来た。思わず駆け寄ろうとするが、足の感覚が全く無く立ち上がれない。もはや絶望的かと思われた。だが次の瞬間ミュラーの背後から突然轟音と砂煙が巻き起こった。振り向くと前足を失ったあの四つ足巨人「 蚩尤(しゆう)」が倒れ込んで行く様が見えた。凄まじい衝撃とともに巻き起こった砂煙で辺り一面の視界はたちまち奪われてしまった。
「ミュラー少尉、ミュラー少尉殿!」
誰かが呼ぶ声が聞こえていた。だが、疲れ果てたミュラーの体には瞼を開ける力も残っていなかった。いや、そうではない。正直もうそんなことはどうでも良かった。幼馴染みのエルベルもチームも何もかも失ったミュラーにはこれ以上戦いを続ける気力が残っていなかったのだ。そして生きる気力すらも。
「取り敢えずやるべきことはやった。取り敢えずは…」
今はその達成感と仲間を失った喪失感の中で一刻も早く眠りにつきたかった。例えそれが永遠の眠りになってしまったとしても。

決意

トラックに乗り込んだプリュムは兵のひとりに話し掛けられた。戦前はカトリックの司祭であったという男だ。
「なぜ敵の兵器は人間の姿に似ているのでしょう。純粋な兵器であればもっと効率の良い形があるでしょうに。神は己の姿に似せて人を創ったと言います。敵も自分の姿に似せてあれらの兵器を生み出したのでしょうか。だとしたら私たちは神に戦いを挑んでいる事になります。私はこの戦いが黙示録にあるハルマゲドンのような気がしてならないのです」
男の顔は真剣だった。だが問われたプリュムの方はたちまち激怒してこれに答えた。
「であるなら神の正体は悪魔以外の何ものでもない。私はあれを古代中国の化け物−蚩尤(しゆう)と名付けた。今は神も悪魔も関係ない。目の前の敵を討つだけだ。もしあれが神だと言うのなら我々はその神をも倒さなければならない。君の言う通り今がそのハルマゲドンであるとしてもだ。ここからは教義など一切気にするな。人はそんなものを守るように作られてはいない。今は生き延びることだけを考えろ。教義の話はそれからだ!」
敬虔なクリスチャンであるプリュムの変わりように、話しかけた男は「なんと、罰当たりな」と小声で呟くとそのまま背を向けて黙り込んでしまった。

ドイツ艦隊進行

コリブリからもたらされたフィルムは速やかに現像され司令部で上映された。スクリーンに映し出された蚩尤の姿はそこにいた全員に恐怖と畏怖の念を与えた。
艦隊司令グランス・フェシアンは腕組みしたまま落ち着きなく歩き回っていた。
「これから一体どうするべきか…」
しかし所詮劣等司令の浅知恵である。いくら考えたところで妙案が見つかるはずもない。ややしてから、いい加減煮詰まったフェンシアンは突然半ば投げやりとも思える命令を全艦隊に向けて下した。
「敵を砲撃する。グラーフ・ツェッペリン(G F)は敵小型飛行物体を撃墜。本艦は射程距離にあの悪魔をとらえ次第全兵力を持ってこれを攻撃する」
だがそのシンプルな命令こそがシュナイダーたち陸上部隊が待ち望んだものであった。指令を受けた空母グラーフ・ツェッペリン(G F)は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。戦闘機隊の出撃準備は整っている。出撃を待ちわびていたパイロット達は一目散に格納庫へと走った。その中にはバトル・オブ・ブリテンのエース−オット・バウリの姿もあった。白騎士の異名を持つ彼の機体は開戦劈頭から白一色に塗られていた。だがバトル・オブ・ブリテンの最中、その白い機体が英国(イングランド)の空から消えたことで多くの英国人パイロット(ジョンブル)が救われることとなった。作戦に批判的で反抗的なバウリを司令部が快く思わなかったのだ。バウリの存在を疎ましく思った基地司令は彼をより戦死しやすい最前線に送ること決定した。だが当時の欧州にバトル・オブ・ブリテンを超える激戦地は存在しない。窮した司令部は彼を南極に転属させてその存在を消そうと試みた。その後の5年間、バウリは南極の壁地で無為な時間を過ごし続けた。だがそんな彼にもようやく活躍のチャンスが訪れたのだ。
燃料、弾薬を積み込んだフォッケウルフが次々と甲板に運び上げられて行く。その半数には増槽の代わりに爆撃用の250s爆弾が積まれていた。オット・バウリは日本製エンジンを積んだこの新型機を大いに気に入っていた。バトル・オブ・ブリテンで駆ったメッサーシュミットも良い機体だったが、このフォッケウルフJ型の性能はそれを遥かに上回っていた。作られた時代が違うと言えばそれまでだが、当代随一と噂に聞くアメリカのムスタングもこの機体に比べれば子供のようなものだろうとさえ思っていた。特に低空での操縦性が飛びぬけていた。スピットファイアクラスであれば2、3機同時に相手にしても絶対負けない自信がある。だからこれから戦う相手がいくら未知の敵だとは言え、こいつに乗ってさえいれば少なくとも互角以上の戦いができるとバウリは踏んでいた。そう、戦場で あいつに出会うまでは…。