Kampf Riesen Mars/REISEN-PANZERIV IV号人型重機






REISEN-PANZERIII III号

rp4_2 ドイツ製。製造はロージック(Rojick)社。

前年に輸出したIII号重機が日本から思いのほか高い評価を得たことで、ドイツ国防軍はさらにこれを発展させたIV号重機の開発を決意する。
しかし依頼を受けたロージック社は、II号、III号と立て続けに開発した一連の人型重機がなかなか採用されないことに少なからぬ苛立ちを覚えていた。苦戦が伝えられるモスクワ攻略戦に1個大隊分の人型重機を投入すれば、戦況はすぐにでも覆せる。少なくともこの画期的新兵器を開発していた技術者達はそう信じて疑わなかった。実際、彼らの身内にも彼の地で命を落とす者が出始めていたのだ。

総統との関係から採用を渋る国防軍に対し(当時の国防軍はヒトラーとその親衛隊であるSSに完全にその主導権を奪われており、元々総統と確執のあったハインケル社が手がけていた人型重機計画を表立って評価、採用することができなかった)ロージック社は開発遅延と言う一見地味だが確実に効果のある抵抗を試みる。

rp4_3実のところ、IV号の設計は1941年春の時点で、ほぼほぼ完了していた。日本側の要望で、ある意味「間に合わせ」で作ったV号の出来に納得できない技術者たちが、半ば自主開発の形でIV号の設計を続けていたのだ。こうして完成したW号の試作機は、一連の人型重機開発における一つの到達点とも言える素晴らしい仕上がりを見せていた。

IV号ではIII号に組み込まれた水中用エンジンの代わりに、予備のガソリンエンジンと強力な発電機が組み込まれていた。これは後のポルシェティーガーに採用されたものと同じ駆動システムで、III号までの稼働時間が30分足らずと短かったことに対する対応策でもあった。また前回は時間的制約から諦めた脚部の新規設計もこのIV号に関しては完璧に仕上げられていた。小型で強力なモーターを各関節に組み込んだ結果、パイロットの思い描く姿勢を無理なくトレースすることが可能になっていた。

こうして完成したIV号人型重機の初期ロット分12台は、総統とSSの目をかすめるため、シュナイダー准将率いる新兵器実験部隊、第7独立部隊へと送られた。しかしながら、1945年5月の時点でこの部隊が装備していたIV号重機は6台だけとなっており、残りの6台に関する記録は今の所どこからも発見されていない。