1945/Kampf Riesen Mars

※毎月25日更新

EP1.マーダー自走砲

「狭いんだよ、くそったれが!」
車長のフリッツ・ハークが吠えた。

彼の乗る「マーダーT/250/R」はその高い性能とは裏腹に、搭乗員にとっては非常に扱いにくい代物だった。被弾経始を考慮してコンパクトにまとめられた車体には自動装填装置が搭載されており、ただでさえ狭い戦闘室をより窮屈なものにしていた。そのため装填手と無線手の座るスペースは最初から設けられておらず、車長と操縦士兼砲手の二人だけで運用できるよう設計されていた。そして最悪の場合は一人でも操縦と攻撃が可能なように作れられていたが、これは狭い車内を嫌った兵の多くに一人での乗車を希望させることになってしまった。しかしそれらの希望はことごとく却下されていた。戦闘の効率を考えれば当然2人での乗車が望ましかったからである。

並列式のコクピットの左側、砲手を兼ねた操縦席にステファン・エーレンは座っていた。彼は自分の右後ろに座る車長フリッツ・ハークの態度に辟易していた。車長が悪態をついてあちこち体をぶつける度に、その衝撃がステファンに伝わって来たのだ。
「狭い」と言うのはそれだけでストレスになる。ましてや上官の態度がこれではなおさらだ。ステファンのストレスは相当に高まっていた。上官がわめくごとに
「あんた、うるさいんだよ!第一その口、臭いんだよ!!」
と絶対口には出せないことを心の中で毒づくのだった。

マーダーの居住性を著しく悪化させている砲弾自動装填装置(と言ってもそれは半自動式の不完全なものではあったが)は、それでも砲手にとっては大変助かる装備だった。弾種ごとに設定されたレバーを操作すると、傾斜したレールを通じて砲弾が滑り落ちてくる。重力式の単純な機構ではあったが、最悪の場合一人での操縦を想定しているこのマーダーにとって、それは必要不可欠な装備だった。そして、この(半)自動装填装置こそがマーダー自走砲の最大の特徴であり、最高の装備であるとも言えた。邪魔なだけだと思われていたこの装備が、後にその真価を発揮する事になろうとは、この時の二人は全く想像もしていなかった。


砂塵の向こう、ステファンとフリッツの見つめる先に敵の巨人兵器が現れた。距離3,000。車長のフリッツが装填装置のレバーを操作する。選んだのは榴散弾。装甲貫徹力のある徹甲弾ではない。この場合フリッツの判断は正しかった。動きの早い敵の巨人兵器に遠距離からの砲撃が当たるはずがない。それは3年前のタッシリにおける戦闘で証明されていた。そうかと言って旋回砲塔を持たないマーダーで突っ込んで行っても、敵のスピードに翻弄されて餌食になるだけだ。相手はティーガーでも歯が立たない「バケモノ」なのだ。現時点におけるマーダーの最も有効な使い方、それは遠距離からの援護射撃に徹する事だ。マーダーの砲撃で敵の足を止めて、V号重機の持つ88o砲でこれ仕留める、ただそれだけの事。しかしそれは遠距離射撃能力に優れるマーダーと、近距離での機動力に優れた人型重機の利点を生かした合理的な作戦でもあった。戦場では打ち合せや準備の要らない単純な作戦の方が功を奏する事がある。今がその時だった。

フリッツはステファンに砂丘頂部への移動を命じた。その間にもフリッツは自動装填装置を操作してマーダーに榴散弾を装填する。砂丘にたどり着くと、先行していたマーダー隊が砲撃の準備を進めていた。操縦兼砲手のステファンが照準器を覗いたとき、隣にいたマーダーが突然砲撃を始めた。オレンジ色の閃光と共に76.2o弾の鉄槌が放たれる。ソ連製ではあったが初速に優れたこの砲は、敵巨人兵器の装甲を打ち破れる十分な破壊力を持っていた。しかしそれは当たればの話だ。遠距離からの砲撃がそうそう当たるはずが無い。案の定、マーダー隊の放った砲弾は全て躱されてしまった。そしてそれは逆に敵の反撃を引き出す結果になってしまった。幾条もの光の束が味方戦車に直撃する。しかしマーダーの側面に取り付けられた追加装甲が搭乗員の命を救うこととなった。人型重機のフレームと同じく日本から提供された特殊金属で作られたこの装甲は、対光学兵器防御の切り札であった。側面装甲に直撃した敵の光線はその表面を焦がしはしたものの、その被害が車体にまで及ぶことはなかった。距離による減殺もあったが、この一撃は図らずもマーダーの対巨人兵器対策の有効性を証明する結果となった。一方で、正面から装輪に直撃を受けた車両は一瞬にして炎に包まれてしまった。

「馬鹿め、とっとと移動しないからだ!」
フリッツが叫ぶ。砲撃後は速やかに移動。これが対戦車戦の鉄則だ。攻撃位置を特定されれば必ず敵の反撃を受ける。ステアリングによる素早い方向転換、装軌ゆえの悪路走破性。装輪と装軌の長所を併せ持つこのマーダーには通常の戦車にはない優れた機動力が備わっていた。撃破された車両はその性能を十分活かしきれなかったのだ。
「フォイエル!!」
フリッツの命令でステファンが76.2o砲の激発レバーを引いた。爆発音が車内に響く。直後、ステファンはステアリングを目一杯切ると、力いっぱいアクセルを踏み込んだ。装輪が素早い方向転換を促し、装軌が車体を強引に押し出して行く。ジグザグに前進するマーダーの横を敵の光線がかすめて行った。
狭い車内にしたたか体を打ち付けながらもフリッツは自動装填装置を操作して76.2o砲に次弾を装填した。果たしてステファンの放った瑠散弾は敵巨人兵器の頭上で炸裂していた。巨人へと降り注ぐ散弾の雨。それは装甲こそ破壊できなかったものの、敵の機動を一瞬だけ鈍らせることに成功した。その刹那、チャンスを窺っていたV号重機が手持ちの88o砲を発砲した。近距離からの一撃は巨人の左腕を呆気なく吹き飛ばした。勝負は一瞬で決まった。つづく2発目で胸を打ち抜かれた手負いの巨人兵器は糸の切れた人形のようにその場に力なく崩れ落ちた。
1体撃破!それは即席とは思えない見事な連携攻撃であった。

実のところフリッツ達はこの撃破を確認していない。それは彼らの仕事ではなかったからだ。彼らの役目はあくまでも援護射撃。最終的な撃破は人型重機隊の仕事だ。撃破の瞬間を確認するよりも、そのチャンスをどれだけ作ってやれるか、それが彼らの仕事だった。

フリッツ達のマーダーは次の射撃位置に移動する。砂丘の上なら戦場全体を見渡すことができる。そこで彼らは第7独立部隊唯一の−アウグスト・ケセラーの乗る真っ赤な−V号重機に狙いを定める敵の巨人を発見した。すぐさま砲撃。そして間を置かずに移動。結果アウグストを狙っていた敵は不意を突かれて体勢を崩した。

3番目の射撃位置についた時、彼らはだいぶ敵に近づいていた。その車高の低さゆえ、発砲さえしなければマーダーは中々敵に発見されなかった。簡単に距離を詰められたのはそのためだ。そして、距離を縮めたことで車長のフリッツに欲が出た。徹甲弾での直接攻撃。それは戦車乗りなら誰もが思い願う事だった。接近した分、砲の仰角は水平に近くなっていた。
照準器を覗いて息を止める。きっちり狙いを定めたまま。ステファンはもう一度呼吸を整えた。

集中、集中。「フォイエル!」
激発レバーを引いた瞬間、発砲の爆炎がステファンの視界を遮った。直接見ることはできなかったが、ステファンは爆炎の向こうに確かな手応を感じた。すぐさま移動。だが距離が近い分、敵の反撃も早かった。敵の光学兵器が車体右側に突き刺さる。至近ゆえ、その熱線は特殊装甲を突き抜けて車体本体にまで到達した。猛烈な熱気と臭気が車内に広がる。次の瞬間、いつもの振動がステファンの後ろから伝わって来た。

「フリッツの奴、いい加減にしろよ!」
そう思って振り返ったステファンは、案の定そこに癇癪を起こして暴れまわる車長の姿を確認した。しかし、いつもと少しだけ様子が違う。そこには激しく足をばたつかせて、必死に腹を押さえる車長の姿が見えていた。血の気の引いたその顔は苦悶の表情で歪んでいる。よく見ると腹部が黒く焼け焦げていた。光学兵器がフリッツの体を貫いたのだ。しかし血は流れていない。光学兵器の熱線が血を瞬時に固まらせていたのだ。しかしこの臭い、恐らくは内臓が焼かれている。致命傷なのは明らかだった。
瀕死のフリッツは最期の気力を振り絞っていた。残された時間は少ない。彼は自らの命が尽きる前にハッチを開けて車外へと出ようとしていた。ここで死ねば残されたステファンが自分の遺体を車外に運び出さねばならない。マーダーを一人で操作するには自動装填装置を操作できるこの車長席にステファンが座らなければならないのだ。腕に力が入らないのか、フリッツは何度も崩れ落ちそうになりながら、必死に車外に這い出そうともがいていた。フリッツの声はほとんど聞こえなかった。だがステファンには彼が最後に「後は任せた」と言ったような気がした。それは車長フリッツがステファンに見せた最期の心遣いでもあった。
砂丘の谷間に着いた時、フリッツの体が地面へと滑り落ちた。既に彼は絶命していた。

フリッツの居なくなった車内で、ステファンはさっきまでフリッツの座っていた車長席へと移動した。ここからはステファン一人の戦争だ。彼はマーダーを発進させるとその鼻先を東の方角へと向けた。敵に発見されないよう戦場を大きく迂回する。目指す先は海だ。砂地を洗う海の色にマーダーの車体色が溶け込む。海に入ることで青く退色したジャーマングレーがカモフラージュ効果を発揮するのだ。それは戦車乗りらしい発想だった。そしてこれは思わぬ吉兆をもたらすことともなる。海水が光学兵器の威力を減殺してくれるのだ。

ステファンはマーダーを浸水しないギリギリまで海に沈めると、その位置で狙いを定めた。装填弾種は徹甲弾。カモフラージュを期待して連続射撃を試みる。それは危険な賭けだった。しかしステファンはどうしてもフリッツの仇を取りたかった。上官のことを尊敬していたわけではない。もちろん好んでもいなかった。むしろそのうるささと口の臭さに辟易していた。だが、フリッツが最期に見せた心遣いにステファンは答えたいと思ったのだ。

敵の巨人が視界に入ってきた。仕留めるには絶好の位置だ。ステファンはこれに狙いを定めた。幸い敵は味方との交戦で動きが鈍っている。理由は分からないが、何となく敵はこの暑さでダレてしまっているようにも見えていた。
「フォイエル」
そう小さく呟くと、ステファンは静かに撃発レバーを引いた。爆発音とともに、車両が砂に沈み込む。そして間髪入れずに排莢、次弾を装填する。次の瞬間、敵の反撃がステファンを襲った。しかし海水と特殊装甲による熱伝導の低下が彼の命を長らえさせた。車体が沈み込んだことで、先にフリッツを屠った一撃で開けられた穴から大量の海水が流れ込んで来た。時間が無い。あと一発が限界だ。再び照準器を覗き込むと先程の爆煙が消えて視界がクリアになっていた。

果たして先の一撃は敵の巨人を捉えていた。手負いの巨人が標準器の中で足を引きずっている。一撃で撃破できなかったのは残念だが、この状態なら狙いをつけるのは簡単だ。息を止めて慎重に撃発レバーを引く。そしてすぐさま脱出。発砲の衝撃でマーダーはますます海に沈み込んだ。車内に海水があふれる。ハッチを開けて脱出しながら、ステファンは「この車両は回収しても錆で使い物にならないな」などと冷静に考えていた。
振り向くと、先ほど撃った敵の巨人が倒れ込んでいた。よく見ると頭部が吹き飛んでいる。手応えは感じていたが、我ながら上手いところに当てたものだと思った。
「仇は取りましたよ!フリッツ車長。」
ガッツポーズを取りながらステファンはつぶやいた。
これが対巨人兵器用に開発された最初の戦闘車両「マーダーI/250/R自走砲」の初めての戦果であった。

※「マーダーI/250/R」は対巨人兵器用として作られた最初の戦闘車両であった。自走砲、突撃砲とも呼ばれる移動可能な大砲の一種で、形状としては旋回砲塔を持たない戦車というべき物だった。火星侵攻を画策していたドイツ軍が人的資源の不足を見越して開発した自走砲で、旋回砲塔を持たない簡易な仕様は車長と砲手だけで運用できるようにした結果でもあった。
車体側面に取り付けられた追加装甲は耐光学兵器用特殊金属で作られており、前身となったSd.kfz.250譲りの足回りは荒れた路面で優れた機動力を発揮した。独ソ戦初期にソ連から大量に鹵獲した76.2o砲(通称ラッチェバム)を搭載しており、十分な対戦車能力を持っていた。光学兵器用に作られた火星側兵器の装甲を打ち破ることも可能であったが、ティーガー等の装備する88o砲に比べればその威力は限定的で、遠距離からの砲撃で巨人兵器を打ち倒す程の破壊力は備えていなかった。