1945/Kampf Riesen Mars

※毎月25日更新

EP2-1.III号人型重機

III号人型重機(リーゼンパンツァー)。第7独立部隊で使われているW号重機の一つ前の型である。
III号とIV号の間にそれ程大きな性能差があるわけではない。IV号に比べて重量感のあるそのデザインは、それでもT号、II号重機に比べれば遥かに洗練されており、その機動性も優れていた。しかしドイツ国防軍はこのIII号重機から無駄な装備を省いた新型重機をあらためて開発するよう製造元であるロージック社に指示を出した。ただ、それには裏があった。と言うのも、ある密約によって製造されたV号重機のすべてが日本に引き渡されることになっていたのだ。

日本からの依頼で始まったこの「人型重機(リーゼンパンツァー)開発計画」はT号重機の完成後、開発を担当したハインケル社とドイツ総統ヒトラーとの確執により、一時はその継続すら危うい状況に陥っていた。しかし日本からの圧力もあり、ハインケル社と関係の深かったロージック社がその開発を引き継ぐ事が急遽取り決められた。老舗ではあるが大手メーカーの下請けに甘んじていたロージック社は、これを機に大手メーカーの仲間入りを果たそうと画策していた。しかしヒトラーとハインケル社との関係が修復しない限り、国からは十分な予算が回って来ない。業を煮やしたロージック社はSSと対立する国防軍にこの計画を持ち込むことにした。この画期的新兵器の有用性に気付いた国防軍は、すぐさまロージック社に開発の継続を命じるとともに、(その出処は不明であったが)破格の開発予算をも用意した。ただ国家元首たるヒトラーとの関係を考えると、表立ってこの計画に肩入れするわけにも行かない。そこで国防軍は、新兵器実験部隊として実績を上げつつあった第7独立部隊に「少数の」完成した人型重機を運用させて、その結果を直接総統に報告させると言う条件付きで、何とか開発継続の許可を取り付けたのだった。

III号重機の開発に当たって日本から出された要求は、操縦室の気密化と水中航行用エンジンの追加であった。時間的制約からIII号の脚はT号重機のものを反対に取り付けた「間に合せの」モノとなっていたが、新たにW号重機の開発を命じた国防軍は、III号から水中航行装置を外した上で、脚部の設計を改めた純然たる陸戦用兵器に戻すよう指示を出した。幸いIII号は将来の機能拡張を睨みて空間マージンに5パーセント程の余裕を持たせてあったので、ロージック社は部品配置の変更と外部装甲の再設計だけでこの要求に答えることが出来た。しかし、補助のガソリンエンジンと大型の発電機を新たに搭載したおかげで、ただでさえ狭い操縦室がより圧迫される事となり、その居住性は劣悪なものになってしまった。その結果、操縦者の中には困る者も現れた。第7独立部隊のベテラン操縦士アウグスト・ケセラーもその一人だった。

EP2-2.アウグスト・ケセラー

身長180センチ、体重120キロ。人型重機(リーゼンパンツァー)の搭乗員としてアウグスト・ケセラーはいささか巨漢過ぎた。その体躯は比較的広いIII号重機の操縦室でさえ目いっぱいで、突きでた腹がハンドルに迫る程だった。本来であれば彼の様な体格の持ち主が人型重機(リーゼンパンツァー)の搭乗員に選ばれることはあり得ない。しかしアウグストは、彼だけが持つ特異な能力のお陰で例外的に選ばれていた。人型重機用88o対戦車砲「88oFlak18/36/37-R」をただ一人だけ使いこなすことが出来たのだ。それゆえ国防軍は、アウグストの為に比較的操縦室の広いV号重機をわざわざ特別に第七独立部隊へと回させていた。しかしそれは、日本との契約に反する事でもあったので、書類上はパーツ取り用の余剰品だったものを無理やり引っ張ってきたものであった。第七独立部隊に届けられた機体が工場出荷時の錆止め塗装であるオキサイドレッドのままだったのはそんな理由からであった。加えて多少日本語の解かる整備兵によって日本の侍をイメージした「刃」という文字が胴体前面に描かれていた。しかしそれは「刀」と書こうとしたのを微妙に間違ってしまった結果でもあったのだが…。

人型重機用88o対戦車砲は設計段階から懸念されていた人型重機の火力不足を補うために、ドイツの傑作対空砲Flak36−通称「アハトアハト」−を改造して造られたものだった。しかし、自らの全高に匹敵する88o砲を乾燥重量4.2tしかない人型重機が扱うことはハナから無理があった。発砲の衝撃に重機の姿勢制御が追い付かないのだ。結果重機はよろけ、その弾道もほとんどが目標を外れていた。ただ唯一アウグスト・ケセラーが操縦したときのみ、機体が安定し砲弾もほぼ目標を捉えていた。なぜ特定の人物だけがまともに扱えるのか、それは開発を担当した技術者達にも理解できなかった。唯一考えられるのは、アウグストが昔から狩猟に慣れ、狙撃の成績も部隊内でダントツ、故に重機の操縦も経験で何とかしたのだろうと言う事だった。しかしそれはある意味兵器としては欠陥だった。本来であれば同じ操作をすれば誰もが同じような結果を出せるようにしなければならない。それが搭乗者によってここまで差が出てしまうのは、重機側の制御システムに何らかの重大な問題がある事を意味していた。
度重なる訓練による習熟で、大抵の兵が88o砲をよろけることなく使用できるようにはなっていた。しかしそれはそれだけの事である。停止して撃つだけなら自走砲や戦車と何ら変わりはない。肝心なのは88oという大口径砲を機動的に運用する事。それができなければ重機が人型をしている意味がないのだ。それを出来る唯一の搭乗者がアウグスト・ケセラーだった。

EP2-3.戦闘

1945年5月。アウグストは部隊内唯一のV号人型重機を駆って戦場へと躍り出た。 紅海沿岸に押し寄せた敵巨人兵器の攻撃に、第7独立部隊のティーガー隊は苦しい戦いを強いられていた。敵の動きに砲の照準が追いつかないのだ。巨人達は軽くその身を翻すだけでティーガーの照準を逸らしてしまう。一方敵は人型の特性を十分に活かした攻撃を仕掛けて来た。巨人達は各所の関節をわずかに動かして瞬時にその照準を定めると、手首に内蔵された光学兵器で次々とティーガーを血祭りに上げて行く。戦いは一方的だった。唯一、敵と同じく人型である人型重機(リーゼンパンツァー)だけが、辛うじてこれに対応出来ていた。しかしW号重機の持つ37o砲では敵の装甲を貫けない。苦戦する味方重機を見て、アウグストは88o砲の使用を思い付いた。
「戦場の守護神(88mm砲(アハトアハト))ならなんとかなるかも知れない。」
戦場を一時離脱して、その使い勝手の悪さからハーフトラックに積まれたまま放置されていた88mm砲(アハトアハト)を担ぐと、アウグストは足早に戦場へと引き返した。

砂丘の頂から戦場を見下ろすと、彼は自慢の狙撃で敵の巨人を狙い撃った。距離は2000、弾着まで2秒はかかる距離だ。しかし遠すぎた。当たらない。予想はしていたが、やや気落ちもする。そこでアウグストは更なる接近を試みた。しかしツァイス社製高精細レンズを使用したカメラでも、モニターランプの輝度が低く、移動しながらでは振動も加わって上手く照準ができない。勢い勘での発砲になるが、当然これも当たらない。そこでアウグストはモニター越しの射撃をあきらめて奥の手を打つことにした。操縦室のロックを外して重機の上半身をわずかに押し上げるのだ。そこに出来た僅かな隙間にお手製の照準器を取り付けると、直接視照準器を覗き込んだ。この状態で攻撃を受ければ、もちろん100%即死だ。だがその大胆さこそがアウグストのアウグストたる所以だった。直接照準による発砲なら射撃精度は格段に上がる。それは飛び抜けた動体視力をもつ彼だからこそできる作戦でもあった。しかし、それでも当たらない。ただし、攻撃が当たらないのは敵も同じだった。アウグストは敵同様人型重機(リーゼンパンツァー) の機動力を活かして遠方からの攻撃を上手く回避し続けていたのだ。勢い戦いは近距離での差し合いに移っていった。
発砲で相手を威嚇しつつ、ジリジリと間合いを詰める。後方からはマーダー1/250/R自走砲が援護射撃をしてくれていた。マーダーの放った瑠散弾が砂丘の谷間をぬって巨人の頭上で炸裂する。その一撃は致命傷を与えるには至らなかったが、それでも巨人の足を止めるのには十分だった。一瞬戸惑いを見せた敵にアウグストの88o砲が襲いかかる。近距離からの一撃は見事敵巨人の左腕を直撃、瞬時にこれを吹き飛ばした。発砲を重ねた砲身が熱で膨張し、照準もブレ始める。しかしアウグストはそれをも勘で修正した。直撃に続く3発目がついに巨人の胸部を貫いた。しかしそこまでだった。残弾が尽きたのだ。これでは戦いを続けられない。だが彼は諦めなかった。アウグストは近くに大破したティーガーを見つけると、その砲塔に腕を差し込んで、残されていた砲弾を引きずり出した。それは両腕を人間と同じように使える重機だからこそできる芸当だった。手持ちの88o砲にティーガーの砲弾を装填したアウグストは、再び前線へと舞い戻った。

敵は続々と湧いて来る。しかし、こちらの弾は思うように当たらなくなっていた。正面からの攻撃が見切られ始めていたのだ。射弾を当てるには敵の虚を突かなければならない。アウグストは遺棄されたティーガーによじ登ると、そこから空に向かって跳躍(ジャンプ)した。
とは言っても高さはせいぜい1メートル。ティーガーの車高と合わせても4メートル程であったが、それでも敵の意表を付くには十分だった。跳躍の頂点で放った一撃が巨人の首に直撃、砲弾はそのまま背中へと突き抜けた。撃破である。それを確認する間もなくアウグストの重機は着地した。しかし、脚のサスペンションが着地の衝撃に耐えられなかった。膝の関節が折れ、足首は無残に砕け散った。ひざまずいたまま動けない重機の中で、それでもアウグストは88o砲の撃発レバーを引いた。渾身の一撃は至近にいた敵に直撃、これを粉砕した。しかし彼の活躍もここまでだった。脚の砕けた重機ではもはや立ち上がることもできない。攻撃を回避する術を失った彼は自らの死を意識した。しかし、それでも最期まであきらめないのがドイツ−プロイセン軍人である。腹ばいのまま88o砲を構えた彼の重機は迫りくる敵を狙撃の体勢で迎え撃った。残弾3。せめてこれを撃ち尽くすまでは。
しかしその時、彼の視界が急激に暗くなった。腹ばいのまま横たわる重機の背後を巨大な影が覆ったのだ。それは後に「蚩尤(しゆう)」と呼ばれる敵の巨大人型兵器のものであった。