1945/Kampf Riesen Mars

※毎月25日更新

EP3.ヘルベルト・シュライヒャー 編

アフリカ東海岸における戦闘は苛烈を極めていた。戦況は友軍に圧倒的に不利。破壊される戦車。踏みつぶされる死体。戦場はさながら人間の屠殺場と化していた。
ヘルベルトが前線に到着したとき、彼の目にまっ先に飛び込んできたのは同郷の友人の乗るティーガー重戦車の姿だった。彼とは「ラファエル」という名の娘を取り合った恋敵でもあった。結果的にラファエルは彼の元に行ってしまったのだが、未だヘルベルトは彼女への恋心を捨て切れずにいた。そしてヘルベルトはこの友人に嫉妬やねたみの感情も持ち続けていた。しかしそれと同じくらいの友情も同時に彼に対して持ち合わせていた。
だがヘルベルトは次の瞬間、その友人の乗るティーガーに敵巨人兵器の放った光線が突き刺さる光景を目の当たりにした。軍人である以上自分が戦場で死ぬことは覚悟していた。だが、目の前で親しかった友人が死ぬさまを見るのはそれ以上に辛いものがある。だが同時に「これで、ラファエルは俺になびくな」「奴の死をどうラファエルに伝えるか」などと言う思いも一瞬ヘルベルトの頭をよぎった。だが、そんな思い以上に、自分の目の前で友人が殺された事に対する怒りが彼に重機のアクセルを強く踏み込ませる力を与えたのだった。

突入した先でヘルベルトを待ち受けていたのは二両の敵巨人兵器であった。IV号重機の持つ37ミリ砲では遠距離からの攻撃でこの敵に損傷を与えることは出来ない。一方で、ヘルベルトも砂塵を巻き上げて敵光学兵器の光と熱を分散させていた。それは戦友たちがその命を擲って見いだした敵兵器に対する対処法でもあった。砂塵に紛れて敵の巨人へと接近する。戦いはにわかに接近戦の様相を呈して来た。距離を詰めればそれだけこちらの砲威力が増す。しかし、それでも戦況はヘルベルトにとって非常に不利なままであり続けた。彼我の戦力差は2対1。加えて敵の光学兵器は一撃でヘルベルトの重機をスクラップにするだけの威力を持っている。一方、IV号重機の持つ37ミリ砲にそこまでの破壊力は望めない。一体どうやったらこのバケモノを倒せるのか。ヘルベルトには全く想像が出来なかった。それでもヘルベルトは果敢に突撃を敢行する。それは彼の男としての本能と、殺された友への想いによるものであったかもしれない。圧倒的な敵の前に、もはや闘争本能だけが彼の体を突き動かしていた。

二両の敵に挟まれたら最後、ヘルベルトに逃げ場はない。なりふり構わず駆けだしたことに彼は少しだけ後悔した。その身を翻すことで左右からの光学兵器を躱してはいたが、すぐに限界はやってきた。二両の敵に同時に照準をつけられたのだ。死を覚悟したヘルベルトは目をつむり、目の前に迫る死の恐怖から逃れようとした。しかし、彼の勇気ある行動は間一髪で報われることとなった。至近に友軍の放った援護射撃砲弾が着弾したのだ。その砲撃は敵に当たりこそしなかったものの、爆発で巻き上げられた砂塵によって、ヘルベルトの体を貫こうとしていた敵光学兵器の軌道がわずかに逸らされたのだ。しかしそれはヘルベルトの体を貫く代わりに彼の乗る重機の腹部装甲を大きく剥ぎ取ってしまった。胴体中央に位置する重機のコクピットは、構造上、絶えず直下にあるエンジンの熱に晒されており、その温度は40℃を超えるものとなっていた。そこに金属を溶かすほどの光学兵器が当たったとなれば、当然コクピットはサウナと化す。ヘルベルトは火傷こそ負わなかったものの、意識が朦朧してしまった。幸いエンジンは無事だったが、装甲の剥がれた下腹部からはその一部が覗いていた。だがヘルベルトは、自らの重機が陥ったその危機的状況にも全く気づいていなかった。「助かった…」と言う認識だけは辛うじてあったようであるが…。

そしてこの時、もう一つの奇跡が同時に起っていた。ヘルベルトの反対側に位置していた敵巨人兵器が、こちら側の巨人の放った光線の直撃を受けていたのだ。同士打ちにあったその巨人は、胸から頭にかけて鏡面加工された装甲に人間で言うところの火傷のような傷を負ってしまった。2両の敵はひるんでいた。正気を取り戻したヘルベルトは、間髪置かずよろける敵に37ミリ砲を差し向けた。だが、その強い意志は引き金を引く前に砕かれてしまった。味方からの砲弾が再び足下に着弾したのだ。よろけるヘルベルトの傍で次々と炸裂する味方の砲弾。ヘルベルトの周囲は見る見る砂煙に包まれてしまった。この時になってヘルベルトは自分の姿が味方に見えていない事に気がついた。彼の乗るIV号重機はサンドイエローに塗られており、砂漠においては十分な迷彩効果を発揮する。その上、援護射撃を行っているマーダー自走砲は極端に車高が低く、その視界も限られていた。ヘルベルトはやむを得ず一時その場を離れることにした。と言っても巻き上げられた砂塵で視界はほとんどないに等しい。方角も分からぬまま走り出したヘルベルトは、直後に激しく後悔することになる。目の前に敵が現れたのだ。

「やばい」と思ったが、それは敵の方も同じだった。敵に一瞬の戸惑いが見えた。だがその直後、敵巨人の腕が上がり、その腕に仕込まれた銃口がヘルベルトへと差し向けられた。
しかし、ほんの一瞬だけヘルベルトの反応が早かった。迷わず突進した彼の重機は敵に抱きつくような格好でその銃口を躱した。だがホッとするのも束の間、ヘルベルトは背後に異常な殺気を感じた。もう一両の敵が現れたのだ。そいつは先程の火傷を負わされた敵の巨人兵器であった。傷の恨みを晴らすがごとく左手をヘルベルトへと差し向けたその巨人は比較的ゆっくりとした足取りでこちらへと向かって来る。ヘルベルトは両側を敵に挟まれた絶体絶命の危機に陥ってしまった。だがこの状況はつい先程も経験していている。今度はやれる。ヘルベルトは重機の体をひねらせると、脚部を展開して、先程抱きついた敵を掴んだまま腕を円弧状に振り回した。それは敵に囲まれたバスケットボール選手がゴール下で行うスピンターンの動きによく似ていた。敵との位置が完全に入れ替わった瞬間、もう一方の敵の放った光線が抱えていた巨人に命中、その背中を焼き焦がした。ヘルベルトは敵を楯にしたのだ。その間にも味方の砲撃が断続的に着弾する。弾道修正が終わったのか、にわかに至近弾も多くなってきた。ヘルベルトは手にした敵を抱えたまま、呆然と立ち尽くす火傷巨人に向かって突進を始めた。味方を誤射した巨人はやや慌てたのか次弾を撃てずにいる。そのまま激突。ヘルベルトは敵をはじき飛ばすと、巨人を抱えたまま援護射撃を続ける味方に向けてひたすら走った。だが砂塵を抜けたところで、ヘルベルトは突然ハンマーで殴られたような衝撃を受けて気絶してしまった。味方からの砲撃が当たったのだ。敵を抱えたままのヘルベルトは味方から敵巨人と誤認されてしまったのだ。砂丘の頂きで崩れ落ちたヘルベルトの重機はそのまま抱えていた敵巨人と共に砂丘の麓へと滑り落ちていった。


深夜になってヘルベルトはようやく目を覚ました。医療用テントの外、地面に直接敷かれたシートの上にヘルベルトは寝かされていた。重傷者の続出した戦場で気絶しているだけと診断された彼は敵を倒す直接のアシストをした英雄にもかかわらずそんな扱いを受けていたのだ。しかし、それは仕方のないことだった。今日の戦いはそれほど多くの死傷者を出す激戦であったのだ。 目を覚ましたヘルベルトは、ふらふらする頭を振りながら、戦果を報告するため直属の上官であるヨーゼフ・クリストッフェルの元を訪れた。ヨーゼフは膨大な書類の山に囲まれながら、幾人もの部下と話し込んでいた。
「結局半数が帰国か…。」
腕組みをし、ギシギシと椅子をならしながら何事かを考えていた彼は、ヘルベルトの姿を見ると笑顔で彼を迎え入れた。
「では、司令部にはそのように報告いたします。」
険しい顔をしていた部下はそう一言ヨーゼフに告げると走るようにテントを出て行った。テントの中にはヘルベルトとヨーゼフだけが残された。
報告を済ませようとヨーゼフの前に進み出たヘルベルトは、その口を開く前に、この上官から難しい選択肢を突きつけられることとなった。すなわち、ここでこのまま異星人との戦闘を継続して、遅れている海軍と日本からの増援部隊に合流するか、それともドイツ本国に帰国してベルリンに迫る連合軍、ソ連軍と戦うか、そのどちらかを選べというのだ。いずれにしてもそれらが困難な事であるのは目に見えて分かっていた。異星人の兵器がいかに強力で手強いものであるか、それは直接戦ったヘルベルトには良く分かっていた。だが一方で帰国への道を選んだとしても、その途中で米・英軍やソ連の襲撃を受けることも目に見えている。そのどちらを選ぶのか、いずれにしろそれは困難極まる選択であった。
「貴様は確か、ラインヘッセンの出身だったな。」
笑顔を浮かべながら話しかけるヨーゼフは、その笑顔故に部下に慕われる男でもあった。
だがその魅力的な笑顔とは裏腹に、ヘルベルトに突きつけられた選択は実に厳しく、熟慮しなければすぐに返事できるようなものではなかった。それはヨーゼフにも分かっていた。だが時間がない。脱出の時は刻一刻と迫っている。ヘルベルトには故郷にいる「ラファエル」の事が気がかりだった。その事が彼をして迷わず帰国への道を選ばせた最大にして唯一の理由でもあった。もっとも、彼女はもはや恋人でもなくただの片思いの相手で、その恋人が死んだからと言って自分になびくという保証も無かった。いや、それどころか彼女が無事に生きているかどうかも分からないのだ。それでも一縷の希望を持つのが人の心理というものである。いや今は少しでも自分が生きる為の希望を持ちたかったのだ。

一方で、今回の作戦を主導した司令部及びそのトップであるシュナイダー准将は帰国を選んだ者にも最大限の配慮をしていた。ジンメルン男爵を長に、ヨーゼフ・クリストッフェルを副長とした帰国部隊に援護戦力として数両のティーガー戦車と一両のIV号人型重機が割り当てさせた。ティーガーはともかく、数が少なく貴重な人型重機は戦闘継続組にとっても虎の子の兵器である。だがシュナイダー准将はその貴重な戦力の1両を帰国組に割り当てさせた。それはシュナイダーの精一杯の心配りでもあった。ヘルベルトが使用した重機は損傷を理由に書類上は廃棄処分とされていた。帰国組にはこれを使わせる。それは火星人との戦闘以外に人型重機を使用しないと言う「国際協定」に反しない事を装うための方策でもあった。


百数十台の車列には各兵科合わせて数百人が乗り合わせていた。戦争末期のこの時期、これほど大部隊が移動すること自体そうそうある事でもない。連合軍に見つかるのは時間の問題と思われた。帰国する兵の中にはもちろん整備兵もいたが、ヘルベルトの使用したIV号重機は修理されないまま放置されていた。交換できる部品が無かったのだ。

光学兵器によって切り裂かれた装甲からはエンジンの一部が覗いており、車内には砂が入り込み始めていた。エンジンにまで砂が入れば予備の発電機が止まって、その稼働時間は著しく短くなってしまう。
「こいつが動かなくなるのも時間の問題ですな。せめて応急修理だけはして、なるべく長く稼働するようにしておきましょう。」
そう言って整備兵が用意したのは泥水で茶色に染めた布であった。それを腰に巻き付ければ砂の流入を緩和できる。それに遠方からの視認であれば破れた装甲を隠す迷彩の効果も期待できる。
「しかし、重機の装甲がこんなものだったとは。この大きさで重量4トンというのは軽すぎると思っていたんですが、こう言うカラクリだったんですね。」
そう言うと整備兵は裂けた装甲を覗き込んだ。その断面は紙のように薄いパネルを貼り合わせた中空の構造になっていた。
「この中空構造で光学兵器の熱を上手く逃がしていた訳だ。要求された装甲圧と重量のバランスを考えれば、確かにこれは良いアイデアですな。」
整備兵は素直にそのアイデアに感心した。


脱出部隊の移動は困難を極めた。百台を超える車の移動である。列の先頭と最後尾では1時間以上の時差が生じる。距離にして30〜40キロ程の差はそのまま車列の長さになり、当然それは発見されるリスクが増すことにも繋がった。制空権を握る連合軍に発見されるのは時間の問題と思われた。
海岸を出発して最初の夜にそれは起きた。突然の発光。キャンプの最外縁で到着したばかりのトラックが突然炎上したのだ。敵の夜襲だった。間髪を置かず隣のトラックにも光が突き刺さると、エンジンが爆発、搭乗していた兵と共に積んでいた部品を周囲にばらまいた。

その時ヘルベルトは胸に掛けたペンダントの蓋を開いて中の写真に見入っていた。
「ラファエル…」
キリスト教の天使を意味する名前をいただいたその女性は天使のような笑みを浮かべていた。
「未練がましいな」そう思いつつも捨てられなかった娘の写真だ。その彼女が今も生きているとは限らない。だがそれでも希望を持たなければやっていけないのが人間と言うものだ。そこへ爆音が響いた。それに続く眩い光線。それをみたヘルベルトは瞬間的に気がついた。連合軍ではない。敵、巨人兵器の襲撃だと。相手が巨人兵器である以上、ティーガーが瞬殺されるのは目に見えている。唯一対抗できる戦力は昨日自分の乗ったIV号重機(リーゼンパンツァー)だけである。

ヘルベルトは命令の下る前にハーフトラックに積まれたままの重機へと飛び乗った。エンジンを掛け、ハーフトラックの荷台で立ち上がる。遠方にキラキラと閃光が見える。敵はあそこにいるはずだ。ヘルベルトの重機は荷台を蹴ると敵を求めて疾駆した。しかし、暗がりを走り回る兵を危うく踏み潰そうになってしまった。慌てて腹部と頭部のライトを点灯する。これで周囲が見えようになったが、ライトが目印になってこちらの位置を知られてしまう。途端に敵の光学兵器が襲ってきた。しかし、昨日の戦闘で敵の攻撃が左寄りから来る事に気づいていたヘルベルトは、自らの重機を右へ右へと移動させてその照準を躱していた。この巨人達は左目の視力が若干弱いようだ。それは奴らの左目が極端に小さいことに関係があるようにも思われた。

とにかく今はこの巨人達に接近して距離を詰めなければならない。接近戦に持ち込まなければこのバケモノに勝てる方法はないのだ。命を削るような思いで暗闇を走り続けたヘルベルトは、たどり着いたその先でライトに照らされて浮かび上がる敵巨人兵器の姿を確認した。それは昨日の戦闘で火傷を負わせたあの巨人兵器のものだった。
「奴か。それにして今日はやけに動きが速いな。昨日よりもずっと速いじゃないか…」
襲ってきたのはこの火傷巨人1体だけであったが、その攻撃力はまるで複数の巨人が襲ってきたかのようにも思われた。
「気温が低いせいか、オーバーヒートを気にせずに動けると言うわけだな。ならそれならこちらも同じこと!」
ヘルベルトの乗る重機も夜の冷えた外気のお陰でエンジンの回転を目一杯上げられるようになっていた。何と言っても昼間は暑くてたまらなかったコクピットが今はとても快適なものになっている。

「これなら戦えるぞ!」
ヘルベルトは自分を奮い立たせるようにわざと大声を張り上げた。
しかしまともな条件が揃ったことで、彼我の性能差が明らかになったのも事実だった。そもそも基本となる性能が違うのだ。こちら以上に敵巨人の動きは早くなっており、とても照準が追いつくレベルではない。ヘルベルトはとっさに腰に巻いた布を手に取ると、それを車両の前面に突き出した。マタドールよろしく、ヘルベルトは布を隠れ蓑にしてわずかに体をひねらせながら、光学兵器の攻撃を紙一重で躱していた。発砲と発砲のわずかな隙をついて、ヘルベルトは何とか敵に激突できる距離まで接近した。その懐に飛び込んだところで37ミリ砲の激発レバーを引く。

直撃だった。渾身の一撃は、しかしながら敵をひるませはしたものの致命傷を与えるには至らなかった。そこへ敵の反撃が襲ってきた。無情にもカギ爪状の腕が重機の破壊された腹に突き刺さる。腹部装甲を大きく切り裂かれたヘルベルトの重機はそのエンジンが完全に露出してしまった。ここにもう一撃を食らった瞬間ヘルベルトの戦争は終わる。チェックメイトは目前に迫っていた。
だが、お互いの手が届く距離まで接近したことでヘルベルトにもチャンスが訪れた。装甲を剥ぎ取られた見返りに、零距離射撃を仕掛けたのだ。距離が近ければ37o砲の威力も増すはず。敵巨人の火傷跡に着弾した砲弾は貫通こそしなかったものの、ライトに照らされた敵の装甲が目の前で大きく凹む様をヘルベルトは見逃さなかった。
「いける!」
だが単発の攻撃では巨人の装甲は貫通できない。そこで彼は、理論上ではあり得ても実際には絶対に実現不可能な技に挑戦した。すなわち、先の着弾箇所にもう一発次弾を着弾させるのだ。それはフィクションの世界でしかあり得ない技。それをぶっつけ本番でやろうと言うのだ。ヘルベルトは重機の左手に持っていた布を翻して敵の頭に覆い被せると、一瞬動きの止まった巨人兵器に右手の37o砲を突きつけた。
連続射撃!初弾の反動を押し殺し、寸分違わぬ位置に次弾を送り込む。装甲に突き刺さった初弾の尻に次弾の頭をぶつけるのだ。偶然などでは絶対にありえない、そして 奇跡程度では決して起きないことをヘルベルトはやってのけた。だが、それには高い代償が伴った。一発目の射撃からコンマ数o以下のズレも出さないよう強引に銃を押さえ込んだ結果、右腕のモーターが悲鳴を上げてしまったのだ。と同時に損傷を負って動揺した敵の反撃にもあってしまう。ヘルベルトの重機を再びカギ爪が襲った。今度はコクピット前面の装甲をも切り裂かれる。突然開けた視界に戸惑いながらも、ヘルベルトは動かなくなった重機の右腕を無理矢理敵巨人にぶつけて37o砲の撃発レバーを再び引いた。切り裂かれた装甲の隙間から跳弾がコクピットに飛び込んでくる。一発でもこれが当たればもちろんヘルベルトは即死である。だが、それでもかまわず撃ち続ける。すると、果たせるかなその覚悟は敵巨人に通じた。巨人の装甲を貫通した37o砲弾が、その内部をずたずたに引き裂いたのだ。そして遂にこのバケモノに最後の時が訪れた。断末魔の咆吼と共にとどめの光線をヘルベルトの重機に突き刺すと、この巨人兵器は完全にその動きを停止した。
「ラファエル!」
巨人の放った光学兵器が突き刺さる瞬間、ヘルベルトはそう叫んでいた。
相打ち。それがこの戦闘の結末であった。
そして天使は舞い降りた…。


戦闘の翌朝、ジンメルン男爵以下の士官達は昨夜の戦闘の被害に愕然としていた。そしてその被害をもたらした敵巨人兵器をたった一人で屠ったヘルベルトに感謝の祈りを捧げていた。
破壊されたその車両を見れば、乗っていた搭乗者がどうなってしまったかは一目瞭然だった。
原形をとどめない程切り裂かれたコクピットには生きている者の気配が全く感じられなくなっていた。胸で十時を切るジンメルンは天使がヘルベルトを天国に連れて行く様を想像した。
死者72名、負傷者104名、損失車両6台、加えて虎の子のリーゼンパンツアー人型重機 一両。
それが損害の全てだった。

少なくはないが、敵の威力を考えればそれはまだ少ない方であるとも言えた。
ジンメルンは一夜の英雄ヘルベルト・シュライヒャーの回収を命じた。しかしながらその命令が実行に移されることはなかった。ヘルベルトの遺体を回収することが出来なかったのだ。その命令は回収から救助へと形を変えた。天使(ラファエル)の加護があったのか、それとも死神に見捨てられたのか、ヘルベルトは破壊され尽くしたコクピットの中でかろうじてその命を繋いでいたのだ。
しかし、この英雄的パイロットを最後まで守り抜いたIV号人型重機に関してはその場で破棄が決定された、あまりにも損傷が激しく、再生使用は不可能と判断されたのだ。打ち捨てられたその重機は紅海に面したこの砂漠で永遠の眠りにつく事が運命となった。
この戦いを一体何人の人間が知ることになるのだろう。ジンメルンは一瞬そんな思いに襲われた。だがそれはこれからの脱出行のことに頭が移りすぐに忘れ去ってしまった。

脱出行を続ける彼らの道のりはまだ遠く、その果てがドイツ本国に繋がっている保証があるわけでもなかった。