1945/Kampf Riesen Mars

※毎月25日更新

EP4.ツエンタオア (前編)

V号人型重機、通称「ツエンタオア」。
半人半獣の怪物から名前を頂いたこの新型人型重機は、ドイツ軍南極基地の防衛用としてその開発が進められていた。
雪と氷に覆われた大地には、安定性の悪い「脚」よりも確実に移動できる「装輪式」や「装軌式」脚の方が有利である。さらに雪上での運用を考えてスキーの標準装備も計画されたが、結局それは追加装備という形で実際の運用部隊に使用が委ねられることになった。
過酷な気象条件を鑑みて、南極基地には最初から大掛かりな防衛設備が造られていなかった。また補給の難しい南極で、各所に小さな対空砲座を造ることは燃料消費の面からも割に合わない。結果、「ツエンタオア」と同じく試作の進んでいたW号対空戦車「クーゲルブリッツ(電光)」を優先的に配備することが決定されていた。
当初「ツエンタオア」そのものにも対空砲を装備することが検討されていた。そのため設計当初から操縦士と砲手の二名が乗り込む複座式の設計がなされていた。しかし、巨大な対空砲塔を背負った試作機は重量バランスが悪く、まともに立ち上がることすら出来なかった。慌てた設計者達は急遽予定を変更して後頭部の対空砲は最初から無かったものとされてしまった。


新型試作機「ツエンタオア人型重機」に乗り込んだ操縦士のシュロス・ザーレックと砲手のシューファー・フレーリッヒは寒さに震えながら極寒の氷雪へと躍り出た。基地の中では快適そのものだった装輪での走行も、いざ氷雪に出てみると全く勝手が違っていた。四輪駆動のお陰で平地では何とか走行が可能だったが、やや登り坂の斜面に差し掛かると途端にタイヤが滑って前に進まなくなってしまう。
「こりゃあ、スパイクタイヤじゃないとだめだんべ」
年配の操縦士シュロス・ザーレックがのんびりとした口調で呟いた。
「そうっすね。帰ったらすぐ報告しますけど、ちょっと考えりゃあ分かりそうなもんすけどね。まあ机の上でしかものを考えない連中のする事なんてこんなもんでしょ」
若いシェーファー・フレーリッヒはすぐに相槌を打った。
しかし、下り斜面へと躍り出た「ツエンタオア」は先程までとは打って変わって素晴らしい走行性能を発揮した。オプション装備のスキーを展開して滑走を始めたV号重機は爽快な速度で斜面を疾走する。このスキーによる走行法はアイデア物だった。これには乗り込んだ二人のクルーもいたく感心させられた。だが帰りの登り斜面に苦労させられるとは、この時二人はまだ気付いていなかったのだが…。
「では兵装の試験、行きまーす」
シェーフアーは伝声管に呼びかけると主兵装の長槍を掲げた。高速機動のまま攻撃するそのスタイルは中世の騎兵を参考にしたものだった。しかしいざこれを実行に移すとなると、激しく揺れる長槍を的に当てるのは相当に難しい事だった。
「見た目の格好は良いが、こりゃ訓練に相当時間がかかるな」
というのがシェーフアーの正直な感想だった。一方でW号重機の使っている37ミリ砲に関しては問題なくこれを使用する事ができていた。マニュピュレータが共通なこともあるが、操縦士が別にいるため砲手が射撃に集中できる点が大きかった、結果として一人で運用するこれまでの重機に比べて格段に射撃の精度が向上していた。その結果、V号重機は正式に採用の承認を受けるに至ったのだ。


空母「グラーフツエッペリン」、戦艦「フリードリヒデアグラッセ」。この二隻の新造艦は対火星人戦の根幹として南極基地で秘密裏に建造されたていた。この二隻の出撃を持って南極基地の目的の半分は達せられていた。そして残りの半分は対火星人用陸戦兵器「W号人型重機」の量産であった。しかしその作業は途中で中断させられてしまった。肝心のエンジンが本国から届かなくなったのだ。なぜか、それはドイツ本国が連合軍に降伏してしまったためだった。
二隻の新造艦に乗り込まなかった者達は難しい選択を迫られた。連合軍に投降するか、ここを脱出してドイツ本国に戻るか、である。補給はもう期待できない。南極という地においてそれは即座に死を意味する。最悪のニュースを運んできたUボートは最後の物資を搬入し終えると、そこで彼らの軍人としての役目を終えた。
「我々は帰国するが、この艦に諸君ら基地要員全員を乗せることは出来ない。だが5人だけなら何とか乗せられる」
Uボートの艦長は淡々と事実を告げた。言葉に感情を込めず、あえて事実のみを告げる。この一見冷淡に見える態度はUボートの乗員を守るためのものでもあった。下手に同情し、一人でも多く救おうとすれば、生き残りたいと思う者たちの間に対立が生まれ、場合によっては殺し合いが始まってしまう。結局の所Uボートに拾われたのはロシアから亡命していた皇帝の家族だけという結果になった。それはUボート側からの申し込みと皇帝家族からの希望が一致した結果でもあった。なぜなら皇帝の家族には女性が含まれていたからである。Uボートの艦長が、やっかいな客となるだけであろう皇帝一家を引き取った理由はロシア皇帝の財産の分け前を期待したためであったのかもしれない。
問題は残された者たちである。完全に補給が途絶えた今、氷に閉ざされたこの大陸を脱出しなければ全員が凍え死んでしまうのは時間の問題だ。座して死を待つなど、ドイツ軍人にはあり得ない。1%でも可能性があるのならそれに賭けて行動する、それは軍人でなくても誰もが持っている生存本能であるとも言えた。
「残った我々のことは気にせずとも良い。貴官らは与えられた任務を果たし、その後はしかるべき道に進むが良い」
基地司令からUボート艦長に向けられた言葉である。実際のところ司令には生き残るための希望が残されていた。理屈で考えれば、生存の可能性など無いはずである。だがこの時の彼らにはほんの少しだけその希望が残されていた。その希望とは基地の近くに放置されていた「難破船」の事であった。


それは南極と言う僻地にはおよそ似つかわしくない姿で発見されていた。1930年代の後半にはすでにその存在が知られていたが、忙しい日々に忙殺されて調査すらされてこなかった。基地の建設予定地からほんの数キロ離れた海岸線に放置されていたその船は、いつの時代のものかは分からなかったが、不思議なことに雪や氷が全く付いていなかった。それどころか雪に覆われていない甲板には植物までもが生い茂っている。それはこの船自体が熱を持っていることを意味していた。熱とは即ちエネルギーである。となればこの船には航行に必要な燃料と能力が残っていてもおかしくはない。今こそこの「船」を調査して手に入れる時だ。それこそが取り残された彼らが生き残る唯一の道となっていたのだ。
 船は陸に乗り上げてはいたが、波に流されないのが不思議なくらい船体のほとんどが海の中にあった。仮にスクリューが生きていれば後進することで容易に海に出て行けそうだ。船体各所には所々に損傷も見えたが、それでも浸水するような箇所には致命的な傷は見当たらない。希望が持てそうだった。
「ありゃあ、空母ですかね?」
第一次調査隊に任命されたX号重機搭乗員シェーファー・フレーリッヒ、シュロス・ザーレックの両名はその外見を写真に収めていた。甲板は全通甲板になっており、全長も250メートルを超えていた。
「いやあ、どうだんべなあ。バウをよく見てみな。でかいハッチがあるんべ。こりょあ、ばかでかい上陸用舟艇とみたほうがよかんべ」
若いシェーファーは陽気に構え注意深く観察することを怠っていたが、老練の兵士シュロスは見るべき所を把握していた。
「しかもハッチが少し開いてるんべ。あそこから内部に入れるんだろうさ。それから喫水線下に傷がねえ。この船はまだ十分使えそうだんべ。ありゃ、やべえもん見つけちまった。ありゃあヘブライ文字みてえだんなあ」
「艦首の汚れみたいな奴ですか?ヘブライ語ってユダヤ人の言葉っしょ。ナチ党の奴らに見られたら面倒くさいすね」
シェーファーは本当に面倒くさそうに答えた。
「見なかったことにすんべえ」
ナチス党幹部の態度に辟易していたシュロスも敢えてこの事には触れないことにした。だがフィルムにはきちんと収めている。これを報告書と共に上官に渡せば後の判断は上官の責任になる。ヘブライ文字が刻まれていることに気付くか見落とすか、それは上官の能力次第だ。二人の知ったところではない。
食料と燃料の残りを考えれば、急いで難破船を使用できる状態にしなければならない。そのためには先ずどこか壊れていてどんな修理が必要なのか、そもそもこの船が稼働するのかどうかを調べなければならない。船外のチェックとともに船内の調査も必要になる。その役割を申し出たのはナチ党の党員で基地副司令官のペーター・テルゲスだった。だが本音のところは本国の敗戦後、存在するかどうかも分からないナチス党に対して良い顔をするためと、寒い外で待機するよりも船内に入った方がいくらかは暖かいだろうという打算によるものであった。もちろん他の兵達はペーターの内心をハナから見抜いていた。だが「何があるかも分からない船内に入るなんて火中の栗を拾うようなもんだ。格好つけたがる奴にやらせておいて、俺たちは高みの見物と決めこもうや。ナチ野郎が死んじまえばそれはそれですっきりするしな」
などとシュロスたちは考えていた。
ペーターはIII号重機に乗り込むと艦首のハッチから内部に侵入する事を試みた。腹部のウィンチにつながるワイヤーに小型船舶用の碇をつけてハッチの隙間へと投げ込む。上手く掛かればウィンチでワイヤーを巻き上げて重機そのものを上昇させられる。上手くいった。上昇するIII号重機の中から部下のIV号、V号重機が自分を護衛している姿が確認できる。それは実に気分の良いものだった。ただでさえ強力な重機に搭乗しているのに加えて数両の重機が自分の命を守るためだけにここに集まっている。丘陵の上にはV号重機隊が睨みをきかせ、船直下にはナチ親衛隊の駆るIV号が待機している。ペーターは満足げに腕を組んでその様子を眺めていた。
ハッチところまで上昇するとペーターはハッチの隙間に腕をねじ込んで強引にこれを開けようとした。最初こそギシギシと音を立てていたが、暫くするとハッチはすんなりと開き始めた。それは元々手動でも開くように設計されているかのようだった。ペーターはやや戸惑ったが、あまり深くは考えずそのまま船内へと入って行った。数分後、今度は開いたハッチから巨大なスロープが降りてきた。
「今スロープを降ろした。IV号重機隊は前へ。V号重機隊はそのままその場でを続けろ」
ペーターからの無線が届く。稼働時間を稼ぐためエンジンを切って寒さに凍えていたシェーファーは即座にペーターの本音を見抜いた。
「あの野郎、手柄を全部自分たちの仲間で独り占めする気っすね」
ペーターは船内に進入するとハッチの脇に重機サイズのハンドルを発見した。それを回転させると床下に収納されていたスロープが滑るようにせり出してきた。だが、なぜ全高5mの重機が操作しやすい場所に、これまた重機サイズのハンドルが設置されているのか、その理由は解らない。降ろしたスロープから部下のW号重機3両がすぐに登ってきた。ペーターは2両の重機を自分の前に先行させると、残る1両を自分の背後に位置させた。完璧に自分を護衛させる布陣を引いたのだ。腹部のライトを点灯させると、4両の重機は標準装備の37ミリ砲を構えた。船内の気温は異様な程高かった。寒さをみじんも感じない。船内を進み始めて数メートル。突然警告音が鳴り響いた。その音は丘陵の上で待機していたV号重機隊にも伝わっていた。シュロスは間髪入れずV号のエンジンに火を入れた。周りの僚機も同様の対応をとっている。だが実戦経験のないシェーファーは何が起きたのか分からないまま、暫くぼんやりとしていた。
「おい、若いの。ぼうっとしとらんで銃を構えろや。何か起きるぞ」
「おやっさん、起きるって一体何が起きるんすか?」
「わからんが、何かは何かだ。ともかく何が起きても対処できるようにしとけや」
そして、その何かは起きてしまった。


船内に侵入したペーターの目前で突然IV号重機が銃撃を受けた。だがそれは最も厚い胸部装甲に着弾したため致命的な損傷にはならなかった。意識が飛んでいたのか、ペーターは一瞬何が起きたか分からなくなっていた。だがすぐさま意識を取り戻すと、反射的に撤退の指示を出していた。即座に身を翻して走り出すペーター。その後ろでは二両のIV号重機が反撃しつつ後退している。ペーターの後ろに位置していたもう一両のIV号は逃げ出したペーターに押しのけられて転倒してしまった。その間にもペーターはスロープを駆け下りて今にも地面に飛び降りようとしている。それを見たX号重機隊は反射的に手持ちの銃を構え直した。
最後の重機がようやくスロープにさしかかったとき、炎を引く巨大な矢が突然IV号の背中を突き刺した。船内からの思わぬ反撃を目撃して呆気にとられるシュロスたち。その目の前で矢の突き刺さったIV号は一瞬にして炎に包まれて爆発、散花した。
「ありゃ、憤進弾だんべか?」
シュロスは思わず叫んた。敵の姿は未だ見えない。だが今の攻撃だけでその性能はおおよそ推察できる。シュロスはすぐ基地に連絡すると、大声で援軍を要請した。もっと強力な武器が要る。大火力が必要だ。
連絡を受けた基地からは数分の後に、マーダー自走砲とクーゲルブリッツ隊が出撃して行った。

EP4.V号重機 後編

ペーター達を攻撃した敵が船外に出て来ることはなかった。
「厄介だな。これじゃあ船内に入って詳しく調べる事もできやしねえ」
シュロスがつぶやく。シェーファーは撃発レバーから指を外して、ふうとため息をついた。戦場にしばしの静寂が訪れた。 ペーターは既に逃げ出していた。常に安全な後方から指揮を取って来た彼にとって、直接銃火に晒されるのはこれが初めての経験だった。恐ろしかった。それはもう腹の底からわき上がる恐怖しかなかった。錯乱したペーターは部下の事など顧みず一目散に逃げ出してしまったのだ。
そんな情けない上官をシェーファー達はあざ笑った。その一方でシュロスは敵の攻略法を考えていた。船内に潜む敵をどうやって外にあぶり出すか。そこが思案のしどころだった。
シュロスの連絡を受けた南極基地からは、マーダー自走砲とクーゲルブリッツの混成部隊が出撃していた。雪煙を上げて疾走する戦車隊。その後をさらに大きな雪煙を上げてX号人型重機隊が追って行く。ド派手な雪煙と化した一群は戦場を目指して疾走した。
ペーターに見捨てられる形になった二両のW号重機はそのままスロープの下で待機していた。銃撃を受けた一両には小さな傷が付いていたが、撃たれたのが装甲の厚い胸部であったため、辛うじて機能停止には至ってなかった。シュロスはそんな二両におもむろに無線で呼びかけた。
「おい、そこ邪魔だ。どいてくれや」
W号を操縦していたのは自分より階級が上の士官であったが、シュロスは敢えてそれを無視した。親衛隊のW号が退くと、代わりに二両のX号重機に両腕を抱えられたペーターのV号重機が現れた。V号の脚を流用して作られたX号の腕は、そのパワーに任せて軽々とペーターの車両を船内に放り投げた。スロープを吸い込まれるように滑り上がって行くペーターに向かって、シュロスは 「突入のご覚悟お見事です。大尉はドイツ軍人の誇りであります」
と心にもないことを無線でがなった。それは単なる嫌味で言っただけなのだが、同時に『敵船突入は大尉の意志』と思わせるジェスチャーでもあった。
奥へと吸い込まれて行くV号に合わせて、船内の照明が点灯し始める。するとその先に巨大な人型のシルエットが浮かび上がった。
「巨人兵器!」
シュロスが叫ぶと無線からペーターの悲鳴が聞こえてきた。巨人兵器の爪がペーターのV号を引き裂いたのだ。V号から吹き出したガソリンが返り血となって巨人兵器に振りかかる。シェーファーはこの惨劇に思わず腰を抜かしてしまった。実戦を経験したことのないシェーファーにとって、それはあまりにも衝撃的な光景だった。さすがのシュロスもゆっくりと後退を始める。ペーターの犠牲はこの際仕方がないが、このまま奴を船外におびき出せば、味方の集中砲火で倒せるかも知れない。
「おら、ついてこいや、外にはまだ餌があるで」
シュロスはそう独りごちつつも、巨人からは決して目を離さない。
「シェーファー、射撃準備。奴の頭を狙え!」
呆然としていたシェーファーはシュロスの呼びかけでようやく我に帰った。すぐさま照準機をのぞき込むと、すぐさまシュロスの号令が響いた。
「フォイエル!」
短い連射で放たれた弾丸が巨人の頭に着弾する。しかし威力が足りなかった。振り向いた巨人はシュロス達に飛びかからんと、グッとその身を身構えた。すぐさまバックにギヤを入れるとシュロスは目一杯アクセルを踏み込んだ。シュロスの乗るV号が急速に後退する。僚機もそれに倣った。
丁度その頃、船を見下ろす丘陵の上に南極基地を発進したV号重機隊が到着した。88o砲、パンツアーファスト、ラケッテンパンター、いずれも人型重機最大の破壊力を誇る携行兵器を持った人型重機隊が応援に駆けつけたのだ。同時に到着したクーゲルブリッツとマーダー自走砲も射撃準備を始めている。
親衛隊のW号重機は相変わらず船の周りでおろおろしていた。その脇をぬってシュロスと僚機のX号重機が全速力で丘陵を登って行く。先程の巨人兵器もシュロス達を追って船外へと飛び出して来た。慌てる親衛隊のW号をよそに、巨人兵器はそのまま丘を登り始めた。その姿は走ると言うよりもまるで飛んでいるかの様だった。あっという間に追いつかれそうになるシュロス達。だが一瞬だけ早くX号重機が丘の頂部へとたどり着いた。シュロス達は道を空けるように車両をスライドさせると、その先には先程到着したX号重機隊とマーダー自走砲の一郡が待ち受けていた。
「フォイエル!」
一斉に解き放たれる大火力。炎と化した徹甲弾の束はそのまま巨人兵器の正面装甲を貫いた。
「勝った…」
しかしこれで終わるはずがなかった。根拠があるわけではない。だがシュロスは何となくそんな予感を感じていた。
「噂に聞いた光学兵器は打ってこなかったな。弾切れだったんだべか」
シュロスの予感はすぐに的中した。轟音と共に激しい炎を引いた二本の矢が突然船内から飛び出してきたのだ。それはゆるい曲線を描くと、あっという間に親衛隊のW号重機に突き刺さった。胸部装甲をまっぷたつに切断されたW号は、二両とも瞬く間に爆発、炎上してしまった。
「来たな!シェーファー、ラケッテンパンターを使うんべえ。パンツアーファストもウエポンラックに装備!長槍(ランサー)も忘れるな」
そう叫ぶとシュロス達はX号重機隊が基地から持って来たウエポンコンテナの所へ向かった。
武装をひと通り装備すると、先程よりもガタイの大きな巨人が船内から姿を現した。
全体のイメージは撃破した巨人と変わらなかったが、今度の奴は四足で歩いている。巨大な狼を思わせるその背中には憤進砲の様なものが取り付けられていた。
「憤進弾とは厄介な!」
と叫びつつもシュロスは即座に冷徹な計算をした。
「砲門の数が8つ。W号に当たった2発を引くと敵の残弾は6だ。味方はV号重機6両にマーダーが二両。敵弾全てが当たってもまだ2両は残る。おまけにこちらにはクーゲルブリッツ隊も控えている。何とかなるな」
問題はどうやって奴をこちらにおびき出すかだ。囮にできるペーターは死んでしまってもういない。となれば、なるべく散開して敵の攻撃を分散させるしかない。
「マーダーとクーゲルブリッツは援護射撃。X号重機隊は各個に射撃しながら間合いを詰めて最後は長槍でぶっさしてやれ!」 180°に散開した重機隊が一斉に攻撃を開始する。微妙にタイミングをずらしながら、狙いをつけられないよう右に左に時には速度に緩急をつけてジリジリと間合いを詰めていく。しかし6両程度の攻撃でひるむような相手ではなかった。あっという間に味方の二両が憤進弾の餌食になる。しかしそれで油断したのか、敵の動きが一瞬緩慢になった。雪に脚を取られたのだろうか。その隙をシュロスは逃さなかった。シェーファーに命令が下る。
「ラケッテンパンター発射!」
人型重機サイズまで拡大されたラケッテンパンターの破壊力は37o砲の比ではない。しかし発射された弾頭はわずかに敵を逸れてしまった。初速の遅いラケッテンパンターでは動きの速い敵巨人になかなか命中弾を与えられない。巨人は跳躍と回転を繰り返しながらX号重機隊の攻撃を軽やかに躱し続ける。そうこうする内にまたしても一両の味方が撃破された。
「大尉、自分が囮になります。後ろからついて来て下さい」
シュロスはその意味を即座に理解した。
「すまねえ、生きて帰ったら二杯でも三杯でもおごってやっからよ」
シュロスは先行する僚機の背後にピタリとつけた。一糸乱れぬ動きで二両の重機は一気に敵との距離を詰める。その間にも先行するX号が37ミリ砲を連射して敵を牽制し続ける。
「シェファーよ、今度こそ外すんじゃねえぞ、外したら三食抜きだかんな」
経験の浅いシェーファーが緊張しすぎないようシュロスはユーモアを交えて叱咤する。
「犬じゃねえっすよ、俺は」
シーファーもおどけて返すが、その声に張りはない。
「いいか、無理に頭を狙うな、狙いは前足の付け根だ。爆撃機をやる時と一緒だ。前足を翼に見立てて、その付け根を狙うんだ。攻撃を躱すとき奴は一瞬だけ跳ねるから、その時がチャンスだんべ。跳ねた頂点で動きが止まる。その瞬間を狙って打ち込んでやれ」
次の瞬間シュロスのX号はわずかにジャンプすると、先行する僚機の頭二つ分ほど浮かび上がった。
「フォイエル!」
合図とともにシェーファーの放った徹甲弾が巨人の胸を貫いた。撃破!
「大尉、たっぷりおごってもらいやすよ!」
先行した僚機から無線が届く。撃破に興奮してか、その声は心なしか上ずっていた。
だが勝利の快感もそこまでだった。残る三両のX号重機に突然憤進弾が命中したのだ。先程撃破したのはただの囮、こちらと同じく敵も囮を使っていたのだ。残るはシュロス達のX号重機1両のみ。
「逃げるぞ。そろそろ潮時だんべ」
そう言うとシュロスは下りて来た斜面に向き返って、X号を全速力で走らせた。マーダーとクーゲルブリッツが援護射撃をしてくれている。頂上手前でアクセルを踏み込むと、シュロスはX号を軽くジャンプさせて、脚部を高速走行モードに変形させた。
「シーファー、長槍を構えろ」
いつもとは違う低い声に、シーファーは次が本当に最後の突撃になる事を悟った。
88o砲(アハトアハト)の砲身に長槍を取り付けるとシーファーはそれを両手で構えた。
「丘の頂上に奴が見えたら全速力で突進する。タイミングが勝負だ。アハトアハトで威嚇しながら懐に飛び込んだら、最期は長槍でぶっ刺してやれ」
「でもおやっさん、敵が撃ってきたらどうするんです?奴の火力は相当なもんすよ」
「噴進弾くらい幾らでも撃たせてやれ。全部俺が躱してやっから。いいか、お前はどんな態勢になっても長槍をぶっさせるよう準備しとけや」
落ち着き払ったシュロスの声にシーファーは少し安心した。だが当のシュロスにこれと言った作戦がある訳ではなかった。ただ、高速走行モードになったX号重機の運動性にはある程度信頼を置いていたので、ひょっとしたらと言う気持ちがない訳ではなかった。だが、あれこれ考えている時間はない。思った通り、すぐさま噴進弾が飛んできた。シュロスはアクセルを踏み込むと6輪駆動のスパイクタイヤを激しく空転させた。誘導式の噴進弾がシュロス達の後ろをかすめて行く。間一髪だった。だが安心するのはまだ早い。躱したはずの噴進弾が大きな弧を描いて再びシュロス達の方へ戻ってきたのだ。上半身を回転させるとシーファーはこちらに向かってくる噴進弾に狙いを定めた。だが遅かった。激しい衝撃がシーファーを襲う。噴進弾がX号の胸部装甲に直撃したのだ。幸いW号より鋭角な被弾傾始を持つ胸部装甲のおかげで直撃弾は跳弾となってはるか後方へと飛び去ってしまった。
「シーファー!生きてるか?」
伝声管にシュロスのがなり声が響く。直撃の衝撃でシュロスは一瞬意識を失っていた。
「まだ寝るには早いべ。こっからが勝負だぞ、ケツの穴に力をこめろ!」
朦朧とするシーファーはそれでも必死でモニターを覗き込んだ。その先に見えたのは、先程の直撃でこちらを撃破したと勘違いした四本足巨人の姿だった。ゆっくりと姿を現わす巨人兵器をみてシュロスは突然雄叫びを上げた。
「大ドイツ帝国、万歳!」
逆流する排気とモーターの焼ける臭いが操縦席に充満する。シーファーは目をつぶったままレバーぐっと握りしめた。雪上とは思えない猛烈なダッシュで真っ直ぐと巨人兵器に向かって行くX号重機(ツェンタオア)。次の瞬間激しい衝撃と共に必殺の長槍が巨人の頭部を貫いた。だが終わりではなかった。突き刺された巨人は後ろ足で立ち上がると前足に内蔵された光学兵器をシュロス達の方に向けたのだ。一瞬の閃光とともにX号の左腕が吹き飛ぶ!だが、シュロスはこの時を狙っていた。
「シーファー、腹だ、奴の腹を撃て!」
残った右腕でパンツァーファウストを掴むとシーファーはそのままそれを巨人の腹に突き刺した。柔らかい腹部を突き破る鋼鉄の杭。次の瞬間高熱のジェットが巨人の体内を焼き焦がした。崩れ落ちる巨人兵器。覆いかぶさるように倒れ込む巨人を避けてシュロスはX号を素早く後退させた。
「これで終わりだんべか?」
「おやっさん、禿げてる割には今の戦い、最高に格好良かったっすよ」
仲間の死も気にせず暢気な事を言えるのは若さ故の特権か、一方でシュロスは今後の事に思いをはせた。
「船に進入したら他にも何かあるんじゃねえんか?」
シュロスは昨日偵察した時に見た艦首に書かれたヘブライ語の事を思い出した。それはおそらくこの船の名前。我々よりも前にこの船を見つけた人々が書いたのか、それともこの船を建造した人々が書いたのか不明ではあったが、この船の存在する意味を極めて正確に捉えていた。人類にとって、99の絶望とたった一つの希望を詰め込んだ箱を意味する、「パンドラの箱」。そう記されていた。

「Y号人型重機開発記」〜ハインケル社内部資料より〜

プロローグ

キューリング技師長:
「I号、II号はどうでもよろしい。大事なのは実戦向けに開発されたIII号、IV号のデータだよ、ケルペン君。この期に及んでまだロージック社は資料を送って来んのか。何ともケチくさい奴らだ」
ケルペン助手:
「彼らは人型重機の独自ルートでの販売権を要求しています。それも国防軍に内密にです。それに伴って必要となる我が社製部品の横流しを条件に、III号、IV号の資料をこちらに渡すと言って来ています」
キューリング技師長:
「横流しだと?あんな物を一体どこに売る気だ?まさかアメリカやロシアの赤軍じゃあるまいな」
ケルペン助手:
「売り先は分かりませんが、我が社の上層部は条件を飲んだようです。最も我が社も独自ルートでの販売を条件にしたようですが。ですので、資料はもうすぐ届くはずです」
キューリング技師長:
「我々も同じ穴の(むじな)と言う訳か、国策企業がこうなっちゃあ国が傾くのも時間の問題だな」
ケルペン助手:
「しっ、聞かれたらマズイですよ。ともかく我々はこのまま開発に関われるわけですから何も知らないふりをしておきましょう。それと今の話しとも絡むのですが、日本からの技術供与の件どうもナカジマではなくアイチからのようです」
キューリング技師長:
「ということは空冷エンジンか?今更だな。新型の四式戦であれば学ぶべき点はあったかもしれんが。日本が造る物はどれも繊細だが戦争やるには貧弱すぎる。全くもって日本兵には同情するよ」
ケルペン助手:
「さすがに口が過ぎますよ。この話は我々だけの心の中だけにしまっておきましょう」

上記内容は議事録より削除。

IV号人型重機解析

ハインケル社の新兵器開発局には一両のIV号人型重機が搬入されていた。ベッド状の台座にはロールアウトしたばかりの機体が横たえられており、その横にはこいつの骨格(フレーム)に使われた日本から供与されたと言う特殊金属のサンプルが置かれていた。
「こいつが例の金属か。嘘か誠かタングステンより堅く、重さは超々ジェラルミンの百分の一と言う代物だな、ケルペン君」
「そうです、こいつの精製加工はIII号、IV号に続きグルッフ社が受け持つことが決定しております。我々の仕事はあくまでY号人型重機の設計です。餅は餅屋に任せましょう」
「そう言う考えでは一流の技師にはなれんぞ、ケルペン君。餅屋の仕事をし易くしてやるにはまず良い米を作ってやらなければな。それをするのが一流の技師という物だ。それが分らんとな」
キューリングにたしなめられたケルペンは一瞬顔を引きつらせたが、すぐに平常心を取り戻した。
「怒られても落ち込まないのが君の良いところだ。ともかくこれは後回しにして、W号重機の分析に入ろうではないか」
そして設計部門の技師たちによってIV号の解体が始まった。
装甲を剥がしていたエルバッハ技師はいきなりその異常性に気が付いた。
「キューリング技師長、操縦系が繋がっていません。これでは何も動くはずがありません」
「だが動くんだ。私が操縦してここまで運んで来たのだからな」
そう答えたのは親衛隊から派遣された若い士官だった。見かけの年齢に比して大きすぎるその態度は前々から技師たちの反感を買っていた。
「あんたら技術屋はきちんと使える兵器を作りゃあいい。無駄口叩く暇があったらさっさと手を動かせ」
『こいつは何も分かってないな』キューリングはそう若い士官を評価すると、いつもの調子で吐き捨てた。
「小僧、何も分かっちゃあいねえくせに、えらそうな口を叩くな。お前は俺たち技術屋の手伝いで来てるんだ。ハッキリ言えば単なるお茶くみでしかねえ。そこで俺たちのやることを黙って見てろ」
辛らつな言葉に士官は顔を真っ赤にして怒り出した。
「貴様、俺がどういう立場の人間かわかっての言葉だろうな。俺は親衛隊だぞ、俺の胸先三寸でお前らの運命など簡単に変えられるんだ。その事を忘れるんじゃねえ」
売り言葉に買い言葉でキューリングが再び士官を罵倒した。
「万が一ドイツが負ければお前ら親衛隊は連合国からお尋ね者になる。先ず間違いなく戦犯に指定されて、うっかりすればその場で処刑されるだろう。今お前をかくまってやれるのは俺達だけだぞ、そうと分かったら俺らの為に働け!それこそ奴隷のようにな」
無理にも程がある暴言だったが、ここはキューリング貫禄勝ちだった。士官はキューリングの言った言葉に動揺を隠せなかった。「ちっ」と舌打ちをすると士官はそのまま部屋から出て行った。
士官が出て行くのを見届けると技師の一人がキューリングに声を掛けた。
「技師長、『敗戦』はさすがに不味いですよ。上に報告されたら首が飛ぶだけじゃ済みませんよ」
キューリングはその言葉に少し考えた。
「確かにそうだな。それなら報告される前に奴には消えてもらおう。実験中の事故と言うことなら親衛隊も何も言ってこれまい」
キューリングの言葉を聞いて、その場にいた全員が絶句した。
「まさか、目撃者の俺たちも事故死させるとか言わないでしょうね」
キューリングは苦笑した。
「冗談だ。本気にするな」
キューリングはそう取り繕ったが、その言葉を信じる者は誰もいなかった。『この人は本気であの親衛隊員を殺すつもりだ』その場にいた誰もがそう確信していた。それを知ってか知らずか、キューリングは平然と話を続けた。
「さて諸君、本題に戻ろう。操縦系の異常さは確認できた。他に何か気付いたことはないかね」
「トリアーです。発言します。こいつの装甲は四十ミリとなっておりますが、こちらをご覧ください」
そう言うとトリアーは重機の胴体部分にある分割部分を指し示した。
「これは溶接です、技師長」
「トリアー君、どういう意味かね」
「あくまでも推測ですが、これは単に二枚の薄いパネルを貼り合わせただけだと思われます。つまり表面の装甲と裏面の装甲の間が中空になっているのです」
キューリングはふむと頷きながら続きを促した。
「わざわざこんな事をする理由はいくつか考えられますが、もしかしたら材料が少ないがための苦肉の策であったか、あるいは四十ミリ厚の一枚板を精製する技術が無かったか、だと思われます」
さらにトリアーは続けた。
「ただ、この中空構造は考えてみると合理的です。被弾した際、一枚目の装甲を破った熱エネルギーがこの中空で分散されますし、衝撃も軽減されます。これはかなり良いアイデアですよ」「この金属は人の命を吸い取ると言う怪談のような噂も聞いています。事実、これに触れていると妙に疲れるのです。技師長、これは一体何なのですか?」
キューリングは再び考え込んだ。
「分かる訳が無いな。とてつもない金属だと言うことしか言えん。いや、もしかしたら金属ですらないのかも知れない。ヒヒイロカネ、別名オリハルコン。だが、これが我々の理解の外にある物だとしても、我々はこれを有効に使う術を知っている。今はそれで良しとしよう。さて続きだ。他に何か無いかね?」
「技師長、この車体では88o砲のような大型の火砲を操るにはいささか力不足、言葉を換えれば華奢過ぎるのではないでしょうか」
「うむ、良いところに気付いたな、ケルペン君。上からもより威力のある火砲を扱える車輌を作成せよと指示されている。従って次期人型重機にはこいつよりも強固な関節と衝撃に耐えうる強靭な骨格が必要となるわけだ」
さらにケルペンは続けた。
「IV号以前の車輌、III号人型重機には水密加工がなされていたという話を聞きましたが、IV号と大差ないデザインだとすれば水の抵抗が大き過ぎますし、水中でのコントロールは非常に困難であると予想されます。それにそもそも二足歩行の陸戦兵器に水密構造など必要なのしょうか?」
キューリングは迷わず答える。
「それは必要に迫られての開発だったか、あるいはテストであったかのどちらかではないかな」当たり前のことを聞くなと思いながらもキューリングは返答していく。
「開発の指示がV号ではなくVI号というのも気になります。別の所でV号の開発が進められているのでしょうか。そいつがどんなコンセプト、性能を有しているのか気になります」
この言葉にはキューリングはしっかりとした口調で答えた。
「他がどんな物を作ろうと関係ない。我々は最強の人型重機を開発する、それだけだ。よし、今日はこれで解散だ。明日から新型人型重機のコンセプトを練る。各自アイデアを持って来るように」

Y号重機開発記 後編

思索

キューリングはあるべきY号人型重機の姿を思索していた。
「軍からの要求を満たすのは当然の事だが、今回はそれ以上の成果を上げてわが社のイメージを向上させる必要がある。総統とのこれまでの確執を考えれば、今回のY号は相当画期的な物に仕上げない限り軍との関係改善は望めない。取り急ぎ、大型兵装を操るためにも先の会議で意見のあった車輌の大型化は必須だ。その上で生じた余剰マージンをどう有効活用するか」
実のところキューリングの頭の中には既にあるアイデアが浮かんでいた。だがキューリングは次の会議でそれを口にするつもりはなかった。ここはまず部下に考えさせ、そこにアドバイスを加えることで彼らからより高度な回答を引き出させるつもりだった。部下を育てることも彼の仕事のひとつなのだ。
ともかく、一日の仕事を終えキューリングは会社近くの自宅に戻った。彼にとってはこれからが本当の仕事とも言えた。食事を取りながら更なる思索の深みに落ち込むのだ。すでに家族は寝室に引きこもり、テーブルにはパンと冷めたスープが置かれている。
「さて、飲むか」
ワイングラスをテーブルに置くと、キーリングはワインセラー代わりの食器棚に並んだ数十本のワインから無造作に1本を引っこ抜いた。
「さて、今夜のワインは何かな。ふむ、シュタインベルガーか。そういえば軍にもシュタインベルガー好きの将校がいたな。名はなんと言ったか。まあ、良いか」
キューリングは政治や対人関係には秀でた能力を発揮したが、自分と関わりのない人間には全く関心を示さない男だった。例えそれが国家にとってどんな重要な人物であったとしても、自分の去就に関わらない人間の事などどうでも良い存在だと思っていたのだ。
キューリングは慣れた手つきでコルクを抜くと軽く栓の臭いを嗅いだ。ワインに異常が無いかを確認するためだ。爽やかな酸味を感じる果実の香りが鼻腔をくすぐる。
「ふう、落ち着くな。こういう時間が無ければ身も心も持たなくなる」
ワインをグラスに注ぐこの瞬間こそ、キューリングにとって最高のリラックスタイムであった。グラスを回して酸味と甘みを含んだワインの香気を引き出す。少量を口に含み、ゆっくりと飲み込むと喉を滑り落ちたワインが五臓六腑へと染み渡って行く。そういえば朝からパンはおろか水すら口にしていなかった。キューリングは改めて忙しかった今日一日を思い返した。
2杯目をグラスに注いだとき、キューリングの帰宅に気付いた妻がスープを温めて直して運んで来た。
「あなた、今日も音沙汰なしでしたよ。なんとか軍に口をきいてもらって息子が無事かどうかだけでも聞いてもらえませんか」
詮ないことをまた言うか、と妻の言葉にキューリングはため息をついた。
彼とて息子の身は心配だった。しかし問い合わせたところで軍機に関わることを教えてくれるはずはない。それにもし仮に分かったところで、息子の安全を確保できるわけでもなかった。
だが彼に出来ることもあった。「兵を死なさないための兵器を開発すること」である。思考は自然Y号の開発へと戻って行く。答えは既に見えている。それが製造できるかどうかは別として…。

VI号開発計画

翌朝、会議室に集合したメンバーの顔は実に様々だった。興奮して顔を紅潮させている者、眠気を押さえている者、平静を保とうしている者。だが彼らは皆一様に新しい重機のアイデアを披露する興奮を覚えていた。一方のキューリングは冷静そのものだった。彼はメンバーの顔をひと通り見回すと、テーブルに用意されたコーヒーに口を付けた。緊張のため誰も口を付けていないそのコーヒーを飲むと、キーリングは旨そうに「ふう」と大きくため息をついた。何ということのないその素振りを見て会議室にいたメンバーは少しだけ落ち着きを取り戻せたようだった。
「さて、新型人型重機の開発にあたり諸君の意見を聞かせてもらいたい。III号、IV号の分析を踏まえて、より強力で画期的なマシンとなるような提案を期待する。先ずはトリアー君、何か良いアイデアはあるかね?」
「ハイ、最初に指名して頂いて光栄です。昨日のお話で車輌の大型化は必須とのことでしたので、ここは思い切ってエンジンを二機搭載するというアイデアはいかがでしょうか?」
キューリングはこの意見を聞いて「有りだな」と即座に判断した。
トリアーは続ける。
「重火器の携行に合わせて車輛を大型化すれば当然駆動系に掛かる負荷も大きくなります。しかしこれに合わせてエンジンを大型化すればその分胴体の幅が大きくなり、それは更なる車輛の大型化に繋がりかねません。そこで、重量は増しますが小型のエンジンを二機搭載することでこの問題を解決するのです」
「トリアー君、その意見は正しい。すぐに採用しよう」
キューリングは即決した。これには提案したトリアーも驚いたが、この即断即決のやり方こそが彼の流儀でもあった。
「他に提案がなければ、次の者」
キューリングは更なる妙案を期待して他の者に意見を求めた。
「では、私が」
次に声を上げたのは普段あまり意見を口にしない、どちらかと言うと指示に従うタイプのミュラー技師だった。
『この男が発言するとは珍しいな、それだけこの新型重機の開発に期待していると言うことか』
キューリングはそう思いながらも指先で発言を促した。
「搭乗員を保護するためロールバーを設置するのはいかがでしょうか」
興奮のため頬を赤らめながら発言したミュラーの顔には、口にこそしなかったが「どうだ、画期的だろう」という自負が表れていた。そしてそのアイデアはキューリングの考えとも繋がるものであった。
「ふむ、ではそのロールバーの適切な設置場所をどこと考えるか」
ミュラーはその質問を当然と想定していたようで即座に答えを返した。
「頭部の横、肩の辺りは如何でしょう。ここに設置すればコクピットの開閉機構を変更することも可能です」
「どういうことか、皆にわかりやすく説明せよ」
提案と質問の応酬が続く。
「今までのIII号、IV号では搭乗員が乗り降り込むため上半身全体を持ち上げる必要がありました。これでは駆動部に掛かる負荷が大きく、ちょっとしたパーツの歪みで開閉そのものが困難になってしまいます。そこで開閉部を首から上に限定し、これを跳ね上げる形に改めれば駆動部に掛かる負荷も劇的に改善されます。その場合、唯一の脱出口である頭部を転倒時の衝撃から守るためにロールバーの設置は必須であると考えます。如何でしょうか」 「ふむ良かろう。だがその案、もう一つ利点があるな。誰か分かる者はおるか?」
キューリングは教師が生徒に教えるような優しい口調でメンバーに問いかけた。だがそれに返答できる者はいなかった。
「誰もわからんか。では説明しよう。ロールバーが設置されると言うことは高所から落下して転げるようなことがあっても、確実に頭部を守ることが出来ると言うことだ。つまり航空機からの落下傘降下が可能となる。これは人型重機に新しい用兵思想を取り入れることと同意だ。この点だけでもこの案は大きく評価して良い。この提案も採用だ。他に何か意見はあるか」
その後も各技術者から様々な案が披露された。実現可能な提案もあれば子供じみた発想のものもあった。だがキューリングが本当に狙っていたアイデアはついに誰からも提案されることはなかった。あまりに非現実的で技術的にも実現できないと考えられたためだ。
それは即ち『航空機への変形』である。
上空からの敵の早期発見と攻撃後の速やかな脱出。兵の生存率を高めるのにこれほど有効な手段はない。 最もキューリング自身もこれが簡単に実現できるものとは考えていなかった。だから会議では敢えて口にせず、まずはこのアイデアに必要な技術を新型のVI号重機で試すつもりであったのだ。
「よしこれでアイデアは出尽くしたな。上にはこれをまとめて報告しておく。明日から忙しくなるぞ、みんな今日はゆっくり休んで英気を養い給え。解散」

ハインケル社開発部部外秘資料より、「VI号重機開発計画試案」

サンプル金属「ヒヒイロカネ」は「オリハルコン」と同定。よって装甲材は「HH鋼」ないし「OR鋼」と呼称。
両脚部にエンジンを一つずつ搭載。
両肩部にロールバーを設置
両肘、両膝部分に大型モーターを設置
腰部背面にハードポイントを設置
操縦系は航空機と同じく操縦桿方式を採用、設置法については別項指示に準ず